第22話 面倒だからでは…?
———アリス。
———アリス、私たちの可愛いアマリリス。
「おとーさま!おかーさま!!」
木陰にいる男女の元へ、小さな女の子が走り出す。
まだしたったらずな上、体よりも頭の方が重いのか、転びそうになったところを父親が受け止める。
「おとーさま、きーて!きーて!あまりーす、おともだちがでちたのよ!
とってもやさしくて、つよいの。
あまりーすのこと、たすけてくれたの。
つぎは、あまりーすが2(ふた)りをたすけられるようにもっとがんばる!」
———アリス、私たちの大切な頑張り屋さんのアマリリス。
———私たちの愛し子。大切な人と幸せを作れる人間になりなさい。
———自分を信じて、進みなさい。———アマリリス。あなたの心は、夜の聖火のように輝くほど美しいということを忘れてはいけないわ。
女性が頭を撫でてくれる。
2人の手が温かくて、どこか懐かしくて、ずっとこうしていたかった。
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鳥の羽ばたく音に目を開ける。
…そうだった、学院のオリエンテーリングの途中だった。ボーッとした頭を働かせ、ここがどこなのかを思い出す。
なんだか、別人の夢を見た気がする。3歳くらいの女の子の夢。
もしかしてあれはファルムス…いや、“アマリリス“の夢だった。
昨夜、アマリリスの過去を聞いて夢に見たのだろうか。
横を見ると、アマリリスもレンもまだ気持ちよさそうに寝息を立てている。
朝日は昇ったばかりなのか、テントへ差し込む光はまだ薄暗い。
両隣で寝る2人を起こさないようにそっとテントから抜け出した。
澄んだ空気をめい一杯吸い込みながら「うーん、、!」と伸びをする。
黄緑の朝焼けに手が届きそうだ。早朝ってなんだか別世界みたい。
熱った身体を覚ますようなひんやり澄んだ空気。
草木を纏った森の香り。
雲一つない七色の空。
山鳥のさえずり。
そして———
熊。
……
ん?
熊?
思わず2度見しちゃったよ。
多分、昨日の熊だ。焚き火跡周りを嗅ぎながらゆっくり歩き回ってる。
みんなが起きたらパニックになるよ…。
ジンに伝えないと———!?
「な、何これ!?」
ジンが寝ているはずのテントの前にはマギゾーアが大量に積まれていた。
一つづつ壊さないようにどかしていく。
土や草が混じっていて余計に汚れるが、今はそんなこと気にしている余裕はない。
「そこに誰かいるの?」
「アルト?
ジンは起きてる?」
「セル公子ならまだ寝ているけど…って、何?幕押しても開かないんだけど?」
「ジン叩き起こして!」
「叩きって…
何かあったの?」
「昨日の熊が設営地を闊歩してる。」
「セル公子!起きろ!」
アルトがジンを起こす声を聞きながら、私はせっせとマギゾーアの山を崩していく。これ、壊れたりしないよね?と、ビビりながら速く、でもできるだけ丁寧にマギゾーアをどかした。
半分ほど崩し終わったあたりで、残りのマギゾーアを倒しながら幕が重そうに開かれた。
「おはよう。メル。」
「お、おはよう。」
ジンはまだ頭が起ききっていないのかおっとりと私に挨拶した。
なんだかその雰囲気に飲まれた。
「呑気に挨拶してる場合じゃないだろ。
熊の居場所は?」
「焚き火跡の辺りで見かけた。」
「じゃあ少し行ってくるよ。」
まだ眠そうにあくびをしながら、私たちを置いて熊のいる方向に歩いていく。
あ、寝ぐせ発見。
「通りで幕が開かないと思ってたよ。
このマギゾーアの山もセル公子の魔法によるものだね。」
「どうしよっか…これ」
「とりあえず、テントの中に入れよう。
テントを小さくすれば、持ち運べるようになるだろ。」
アルトと顔を見合わせる。
困惑した目をしていたのは、きっと私もだろう。
騒ぎで目を覚ましたユートも加わって、3人でテントに放り込む。
「うわっ!なんだこれ」という最もな声はスルーして、とにかく運んだ。
テントのシート部分は柔らかくて、壊れたり傷つく心配はしないで済んだ。
お貴族様仕様さまさまである。
全て入れ、ユートがテントに魔力を流して小さく———ならなかった。
途中までは小さくなっていたのに、3分の2くらいでテントの形がボコボコに変わっていく。
私たちの安堵の顔も青く変わっていく。
「一旦止めてくれ…。」
「あ、あぁ…。」
「私、レン呼んでくる…。」
3人とも微かに声が震えているが、そんなことを気にする余裕は無い。
レンの家は国内外で活動する大きな商家だ。
マギゾーアも取り扱っていると前に言っていた。
私たちより知識はあるかもしれない。
「ちょっと!
何よコレー!?」
「しーっ!
他のテントの人が起きちゃう。」
ボコボコに変わり果てた男子用テントを見て、レンは驚き声をあげた。
経緯を話すと、レンは右手でおでこを抱えた。
「…マギゾーアはね、金庫として中の物を守る魔術が施されているの。
対して、テントには、中の物も含めて収縮する魔術がかかっているわ。
金庫のものを保つ魔法が収縮する魔法を抑制しているのよ。」
「このままだと、先生に事情を説明したり、周りの関心を引いたり面倒だな。
…よし、揉み消そう。」
王家に縁ある貴族がそんな言葉言っていいの…?
「…そうね。
それが良いと思うわ。」
レンまで…
「不満そうな顔だね。
蜂蜜が取れなかったの?」
この男は、まだ熊扱いする気か。
「しつこい!」
「おっと。」
脇腹を狙って蹴りを入れても、するりと躱された。
この嫌味男には、いつか必ず蹴り入れてやる。
「先生には、何か聞かれたら答えればいいわ。
でも、他の生徒に見られたら、尾びれ背びれついた噂の出来上がりよ。
これだけのマギゾーアがあるとしたら、反対に見つけられなかった班もあるということだもの。
僻みで何言われるかわかったもんじゃないわ。」
「問題を未然に防ぐっていう正義のやり方もあるのよ。」そう言った彼女の目に、正義はありませんでした。
いや、正義というより———やっぱり、言わないでおこう。




