第23話 マンソンジュ邸
「釣りの時に山の動物達にお願いしてたんだ。
でも、人がいて届けにくかったみたい。だから皆が寝静まってから届けてくれたんだって。
いやー、手間かけさせちゃったね。」
ジンの状況説明を聞きながら、みんなで大量のマギゾーアに魔力を込めて鍵を開けていく。
って言っても、私は開けられるほどの魔力がないから、みんなが開けたマギゾーアからネガストーンをとって、コンパスの水晶にひたすらかざす。
ネガストーンは緑や赤、オレンジと、いろんな色があって、水晶にかざすと、校章の中に乱反射する光の粒がすごく綺麗だった。
マギゾーアの中に必ずしもネガストーンが入っているわけでなく、ハズレもあったみたいで、ハズレの箱は開けた瞬間、煙になって消えてしまった。『ハズレ〜!次は正解を見つけてね〜』という煽りにも取れるような文を残して。おかげで1/3は荷物から消えたのでかえってありがたい。
「まだ朝日が昇ってそんなに時間は経っていないのに、もう疲れたわね。」
「腹も減ったな。
どうする?全部開けたら、設営地に戻るか?」
「今更戻っても変に勘繰られるだけだ。
それより、先に進んで早くこのオリエンテーリングを終わらせよう。
そうすれば、好きなだけ寝られるし、食にもありつけるだろ?」
「確かに、それもそうね。」
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「なぁ、こっちで本当に合ってるのか?
先生全然居そうにないぞ?」
私たちは次のチェックポイントに向けて歩みを進めた。
時計がないからわからないが、かれこれ3時間は歩いている気がする。
森の歩道を歩いていたのに、いつの間にか木も草も無いゴツゴツした道になっている。遊歩道というより登山道だ。
『 パーン、パカパッカーン!!! 』
いきなり盛大な音楽が鳴ると、目の前で小さな花火と煙に交えて紙吹雪が舞い散る。
こんな山岳でパレード?
不釣り合いだな…
色とりどりの小さな紙吹雪の中に紛れ、レンの手に落ちたのは封筒だった。
「新しい課題かな?」
「レン、開けて見ろよ。」
皆で取り囲んで開封を見守る。
『真実を見つける6人の生徒へ。 1年生オリエンテーリングはこれにて終了です。おめでとうございます。
以降はこのマンソンジュ邸にてお寛ぎください。』
顔を上げると、3階建ての大きな館があった。朝焼けに照らされたようなオレンジピンクの壁が見惚れるように綺麗だった。
こんなに綺麗で大きい建物、どうして今まで気がつかなかったんだろう?
「うわー。すごく綺麗。」
「これで終わり?」
「そう書いてあるだろ。早く行こうぜ‼︎」
「あ、ちょっと、ユート!」
「やっと休めるね。」
レンの手を引いたユートを皮切りに、扉に向かって走り出す。さっきまで暗かった皆んなの顔がイキイキしていた。
疲れていたけど、まだはしゃぐ元気があったんだと自分の高揚感に対して思う。
ついては早速、女子は温泉へ。男子は腹ごなしがしたいと、食堂へと向かった。
一番に身綺麗を求める女子と食欲を求める男子。
うーんなかなか、顕著な違いが出たねぇ。
温泉は露天式で、温かいお湯に溶けてしまいそうなほど心地よかった。
「本当、癒されるわね。」
「これでご飯食べたら寝てしまいそうです。」
まだ湿る髪を拭うのもそこそこに、用意してあった綺麗なローブに腕を通す。
一瞬、モヤっとした気がしたが、気のせいだろう。
さっきの疲労と緊張感はどこへやら。
和み、だべりながら今度は食欲を満たすために食堂へと向かう。
「ねえ。」
ロビーを横切り、食堂へ向かおうとしたら、後ろから腕をひかれた。一緒に来た2人は気にも止めず、歩みも止まらず、進んで行った。
私もお腹が空いた。2人と共に早く食堂へ向かいたい。
私の空腹加減なんて知ったこっちゃないとでも言うように、腕を引いた主は訝しげな雰囲気を纏っていた。
「何か違和感を感じることない?」
「違和感?特にないよ。
お風呂も良かったし。」
だから早く行かせてくれ。お腹すいた。
「何かあったなら食堂で聞くよ。
もうお腹ぺこぺこ。」
一歩進みだすと反対方向に引っ張られ、壁に半ば叩きつけられた。
「ちょっと、何す…」
抗議の声を上げようとすると、今度は目を抑えられる。
食堂で聞くと言ったはずだ。聞かないとは言ってないのに。
この意地の悪い仕打ちは何なんだ。
「何があったかは、食どうっ…!」
口に何か突っ込まれる。鼻口腔をくすぐられたのは、香ばしく食べ慣れたパンだった。
パンはパンでも、庶民の味方の黒パンだ。
小麦の乱雑な香りとボソボソした食感が懐かしい。
学院では白パンしか出ないため、久しく食べていなかった。
「今、食べてるものが何だかわかる?」
「美味しい黒パン。
って、本当に何?手を退けてよ。」
視界が広がると、アルトが進路方向を阻むように立っていた。
「黒パン?
それはどんなもの?
特徴は?名前通り黒いの?」
何を当たり前のことを聞くんだと思ったが、黒パンは庶民が食べる主食だ。
お金持ちの商人やましてや貴族だと、パンと名のつくものは白パンだけなのかもしれない。
だからほぼお貴族様しかいない学院でも、白パンしか出ていないのかも。
「白パンに比べれば…まぁ黒い、というか濃い茶色。
学院や寮で出ているパンは白いでしょ?
あれは小麦を製粉…粉にするときに白い部分以外は除いてるからだよ。
小麦から白い部分は少ししか取れないの。だから白パンって結構高級品なんだよ。
だから、庶民の主食は黒パンなの。
黒パンは除かないで、小麦全部を粉にして作ったパン。
単純に見えるけど、麦が育ちにくい地域とかも結構創意工夫があって、地域差が出たりする。」
出張後のお土産で父が黒パンを買ってきたことが何回かある。
日を跨いでカチカチになっていたが、根気よく唾液でふやかすと味の違いが顕著に出て面白かった。
「これは?」
アルトは手に持っていたパンを取り出した。
噛み跡がある。さっき口に入れてきたのはこれか。
「そうだよ。
何も口に突っ込まなくてもいいじゃない。」
「俺には、白パンに見える。
いつも食べているパンと何ら変わらない。」
アルトの言葉を聞いてもう一度見るが…やはり黒パンだ。
「話がよく見えない。
何が言いたいの?」
「もう一度、言う。
ここにきてから違和感を感じないか?
俺は感じた。
このパンも含めて。
俺、食堂で食べないで館を調べてた。
外から見たら2階建てだったろう?
気づいたか?ここ、階段がないんだ。」
「え?そんなまさか。」
2階建なのに、階段がない?そんなバカな話があるか。
ん?——— 2階建?
『顔を上げると、3階建ての大きな館があった。朝焼けに照らされたようなオレンジピンクの壁が見惚れるように綺麗だった。
こんなに綺麗で大きい建物、どうして今まで気がつかなかったんだろう?』
違う…私が見たのは…。
「…3階建てだった。
私が見ていたのは、3階建の、朝焼けに照らされたような、オレンジピンクの館…。」
「オレンジピンク?
俺が見ていたのは、濃緑色の2階建てだ。」
見間違えた?
そんなバカな。緑とピンクなんて真反対だ。玄関に駆け寄ってドアノブに手をかける。外観を見れば一目瞭然だ。
「なんで!なんで開かないの!?」
「無理だよ。
手紙にさ、『真実を見つける6人の生徒へ。』って宛名があったろ。
多分、全員が魔法だと気づかないと、開かなくなってるんだ。」
振り返ると、簡素なロビーの中央に飾られた紫色の花だけが怪しく咲き誇っていた。
一つの綻びを見つけると、今まで気にしなかったことにも気づく。
まるで、寝癖がひどい髪を整えると、いつもは気にしないような小さな髪の跳ねが気になってしまう朝みたいに。
思えば違和感はあった。めちゃくちゃあった。
どうして、木もない岩だらけの視界が良すぎるこの場所の館に気づかなかったの?
どうして、2人はアルトに引き止められた私に目もくれず、歩いて行ったの?
不安になって胸の辺りのローブを掴んで、初めて気づいた。
着ているローブは泥だらけのままで、崖から落ちた時にアルトが掴んだ部分もしっかり伸びている。
どうして…ローブが、綺麗な新しいものだと思っていたの?
「…まだ、オリエンテーリングは終わっていない?」




