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第21話 アマリリス

「その後は、騒ぎを聞きつけた使用人が私と混乱するお嬢様を離して、私は治療を受けつつ隔離されました。」


「…。」

「…。」


なんて言ったらいいのか分からなかった。


酷いと怒るのも違う。

可哀想だと決めつけるのも違う。

励ますなんて——もっと違う。


ただ、重いものだけが胸に残った。

沈黙を破ったのは、ファルムスだった。


「大きくなってから、使用人の噂から知りました。

貴族には、魔力の多い子供を養子にして、家の力を示す事があるそうです。」


ぽつり、と落ちる声。


「私は伯爵家に来る前から、魔力が漏れ出すこともありましたし、そのために引き取られたんだと思います。」


レンが静かに口を開いた。


「だから伯爵令嬢は最初に、「お姉様」と呼ばせたのね。」


「ええ。伯爵様は魔法測定が終わってから正式に養子にしようとしてたみたいです。

でも、お嬢様がその事を強く反対したみたいで…」


「使用人に落ち着いた。」


「はい。

こうしてお嬢様の付き人としてでも、魔法学院にも通わせていただけていますし…。

クラスも違いますし、寮の同室も断られたので、付き人らしい事は朝のお支度くらいしかしていません。」


魔力を持った年齢の近い庶民が貴族のお供として入学すること自体は、多いわけではないが、珍しい話でもないらしい。


「…グランテさんと、モンテールさんが私を誘ってくれて、とても嬉しかったです。」


頰がほんのり紅みを帯びている。

慣れておらず、言いにくそうに、でも確かに伝えたい芯を持つ姿にファルムスの気持ちが向けられたんだ。

なんだか心がこそばゆい、照れが3人の仲に伝播する。


「ねぇ、あなたの本当の名前は?」


「え?」


私の問いかけに不思議そうな顔を浮かべる。

意図がわかったようにレンは笑みを浮かべた。


「いま名乗っている名前は、伯爵令嬢が考えたのでしょう?

伯爵家へ行く前に名乗っていた名前があるのよね?」


レンは、あまり高さのないテントの中で、立ち膝になって淑女の礼をした。


わたくしは、レン・モンテールと申します。」


「はーい!

私はメル・グランテです!庶民出身です!」


「「あなたの名前は?」」


彼女は、大きく見開いて、目を潤わせて、唇が震えた。


「わたしの…名前は———」


一度、途切れる。


息を吸う。


「“アマリリス”、です!」


声が崩れて、涙がこぼれる。

それでも、止めなかった。

「亡くなったお父様と、お母様がつけてくれた…残してくれた、大切な名前です!……っ」


「アマリリス———」


レンが優しく呼ぶ。


「高貴で情熱的な赤い花の名前ね。

あなたにとっても似合うわ。」


私も、つられて泣きそうになるのをごまかすように誠意いっぱいの笑顔で言った。


「これから、よろしく!アマリリス!」


「……っ」


目に貯めていた涙が、頰を伝って溢れ出す。


「……呼んで、もらえた……」

かすれた声。


もう、呼んでくれる人はいない。

——呼ばれないことに、慣れてしまっていた。


生きて行くために寂しさも、懐かしさも、諦めなければいけないと思っていたと、嗚咽混じりに話してくれた。



「私たちがいるわ。」


「“アマリリス”なんてすごく素敵な名前なんだもん。

思い出の宝箱にしまっておくだけじゃ勿体無いよ。

うわ、アマリリス、鼻水!鼻水!」


「ちょっと!

下に垂らさないようにしてよ!これから寝るんだから。

ほら、この懐紙を使いなさい。」


レンがアマリリスの鼻に懐紙を当てて「チーンしなさい!」と、促す。


泣いているような、笑っているような、喜劇のような初女子会は…外に立っていたセキ校医に注意されて幕を閉じたのだった。



その夜。


小さなテントの中で、


ひとつの名前が、取り戻された。


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