第8話 それ、仕事にしたら?
「最近、君の妹が面白いことをしてるらしいね」
そう言われたダミアンは、手にしていたカップを置いた。
「……どこで聞いた?」
向かいに座っている男が笑う。
「どこっていうほどでもないよ。ただ最近、結構聞く」
ロイ・アシュフォード。
アシュフォード侯爵家の次男。
ダミアンとは学生時代からの友人で、今は自分で商売をしている。
「ベルフォード家の令嬢に相談すると、見違えるって」
「話が大きくなってるな」
「でも、完全な嘘じゃないんだろう?」
「まあ」
「君もやられたらしいね」
「…………」
「前より似合ってるよ、その色」
「お前まで言うのか」
ロイは楽しそうに笑った。
「何をしてるの?」
「俺に聞くな。本人に聞け」
「じゃあ、会わせてよ」
「何で?」
「面白そうだから」
「そう言うと思った」
ダミアンが額に手を当てた。
◇
数日後、お兄様が突然部屋に来た。
「エレナ。客だ」
「お客様?」
「俺の友人」
「お兄様の?」
「お前に会いたいらしい」
「私に?」
誰。
何で。
「何かした?」
「してない。たぶん」
「たぶん?」
不穏。
でも、来ているなら仕方ない。
応接室へ向かう。
◇
部屋に入ると、男性が一人、お兄様と話していた。
私を見ると立ち上がる。
「初めまして。ロイ・アシュフォードです」
アシュフォード。
記憶にある。
侯爵家。
そして、私は挨拶を返しながら見た。
髪。
顔。
服。
靴。
全体のバランス。
姿勢。
「…………」
珍しい。
あまり直すところがない。
年齢は、お兄様より少し上だろうか。
派手な顔立ちではないけれど、清潔感があって、全身がちゃんとまとまっている。
服も本人に合っている。
サイズもいい。
色も悪くない。
髪もやりすぎていない。
「エレナ?」
お兄様の声で我に返る。
「あ」
しまった。
見すぎた。
ロイさんが笑っている。
「何かついてた?」
「いえ」
「じゃあ、何?」
「……珍しいなと思って」
「何が?」
正直に言うか。
「直したいところが、あまりないので」
一瞬。
沈黙。
お兄様が私を見る。
ロイさんも私を見る。
そして笑った。
「それ、褒められてる?」
「かなり」
「なら、よかった」
この人よく笑うな。
◇
ロイさんが私に会いに来た理由は、すぐに分かった。
「最近、令嬢たちの相談に乗ってるんだって?」
「はい」
「何をしてるの?」
「何を……」
説明しようとして、止まる。
何をしてる?
服を選ぶ。
髪を考える。
メイクも。
アクセサリーも。
場合によっては姿勢や話し方も。
でも、それだけじゃない。
「その人が、どう見えたら一番素敵かを考えています」
「へえ」
「あと、何が好きなのかも聞きます」
「似合うものだけじゃない?」
「それだけだと、本人が楽しくないかもしれないので」
ロイさんが少し身を乗り出した。
「それで、実際に変わった?」
「変わりました」
即答。
「アシュリーさんも、お兄様も」
「その自信すごいな」
「結果出てるので」
また笑われた。
何で。
◇
「誰が服を作るの?」
「仕立屋さんです」
「髪は?」
「ルカ」
「化粧は?」
「私が考えることもあります」
「服の形も全部君が?」
「そこは仕立屋さんに相談します。私は男性服とか、仕立てについて全部詳しいわけじゃないので」
「なるほど」
質問が早い。
私が一つ答えると、次が来る。
何をしているのか。
誰が作るのか。
どこまで私がやるのか。
何人くらい相談が来ているのか。
今後も増えそうか。
「ロイ」
お兄様が呆れたように言う。
「何の尋問だ」
「尋問じゃないよ」
ロイさんは笑っている。
「面白いんだ」
私もちょっと面白い。
今まで、私が考えていたのはほとんど「どうしたら似合うか」だった。
ロイさんが聞くのは、その外側。
誰が。
どうやって。
何人に。
続けられるのか。
視点が違う。
◇
「で」
一通り話したあとロイさんが言った。
「それ、仕事にしたら?」
「…………」
仕事。
また出た。
ローラも似たようなことを言っていた。
「お金をもらうってことですか?」
「そう」
「でも、楽しくてやってるだけです」
「楽しいと、お金をもらっちゃいけないの?」
「…………」
そう言われると別に、いけないことではない。
「相談したい人がいる。君にはできることがある。実際に喜ばれてる」
ロイさんが指を折りながら数える。
「需要があって、価値を提供できて、結果も出てる」
「需要」
「欲しい人がいるってこと」
それは分かる。
手紙、増えてるし。
「もちろん、仕事にするなら考えることは増えるけど」
「例えば?」
「値段。予約。誰に何を頼むか。材料費。時間。どこまで君がやるか」
「…………」
いっぱいある。
「面倒そう?」
聞かれて。
考える。
正直。
ちょっと。
でも。
「面白そう」
口から出た。
ロイさんの目が、少し楽しそうに細くなる。
「そう?」
「はい」
今まで仕事にするという発想がなかった。
でも、もしこれがお金になるなら。
私は好きなことをして。
誰かが喜んで。
それで仕事になる?
「ちょっと面白そうです」
もう一度言う。
今度は、さっきよりはっきり。
「じゃあ、考えてみれば?」
「ロイ」
お兄様が口を挟む。
「煽るな」
「煽ってないよ。決めるのはエレナ嬢だから」
エレナ嬢。
さっきからそう呼ばれている。
「仕事にするのは俺じゃないしね」
押してこない。
やれとも言わない。
ただ、選択肢を置いただけ。
「…………」
仕事か。
帰り際、ロイさんが言った。
「もし本気で考えるなら、相談には乗れるよ」
「どうして?」
「面白そうだから」
また、それ。
「あと」
ロイさんが笑う。
「商売の話なら、少なくともダミアンよりは詳しい」
「聞こえてるぞ」
後ろからお兄様の声。
私は思わず笑った。
この人話しやすいな。
◇
その夜、ベッドに入ってからも。
仕事。
という言葉が、頭に残った。
楽しいこと。
人に喜んでもらえること。
自分が得意なこと。
それがお金になる。
そんなことあるんだろうか。
いや、あるから仕事って存在するのか。
現世では仕事は仕事、好きなことは好きなことってどこかで分けて考えていた。
でも今、私にはやってみたいことがある。
しかも、頼みたいと言ってくれる人までいる。
「…………」
明日、お兄様に相談しよう。
分からないことは調べればいい。
やりたいかどうか。
もうだいたい分かっている。




