第7話 どうやら、噂になっているらしい
アシュリーさんのお茶会の日。
私は会場へ入ってすぐ、彼女を見つけた。
そして心の中で、かなり大きく頷いた。
いい。
すごくいい。
あの日と同じドレスを着ているのに、今日は自分で選んだらしい小さな髪飾りが一つ足されている。
ちゃんと似合っている。
しかも楽しそう。
これ大事。
「エレナさん!」
私を見つけると、アシュリーさんがぱっと笑った。
その笑顔まで含めて、前よりずっと華やかに見える。
「とても素敵です」
「本当ですか?」
「はい。その髪飾り、ご自分で?」
「分かります?」
「分かります」
ちょっと得意そう。可愛い。
「前なら、もっと大きなものを選んでいたと思うんです。でも、今日はこれくらいかなって」
「いいと思います」
自分で考えて選んだ。
それが、なんだかすごく嬉しい。
私の答えを覚えて、そのまま真似したわけじゃない。
考え方を使って、自分で選んだ。
これ、すごくいいな。
◇
そして周囲の反応もよかった。
「アシュリーさん、今日はいつもと雰囲気が違いますね」
「その髪型、とてもお似合い」
「赤なのに、ずいぶん柔らかく見えるのですね」
アシュリーさんは、そのたび嬉しそうに笑っている。
私は少し離れたところで紅茶を飲みながら観察する。
仮説。
実行。
反応。
成功。
「……ほらね」
「何がです?」
隣にいたアシュリーさんに聞かれた。
「いえ。何でもないです」
危ない。つい口に出た。
◇
問題は、そのあとだった。
「エレナさん」
声をかけてきたのは、背の高い令嬢だった。
すらりとしていて、直線的な印象が強い。
「クララと申します」
「エレナ・ベルフォードです」
「存じています。あの……アシュリーさんの装いを考えられたのは、エレナさんだと伺って」
横を見る。
アシュリーさんが、にこにこしている。
広めたな。
「もし、ご迷惑でなければ」
クララさんが少し言いにくそうに続ける。
「私も、一度ご相談してみてもいいでしょうか?」
来た。
今度こそ、本当に被験――。
違う。
「もちろんです」
危ない。口に出さなくてよかった。
◇
クララさんは、二十一歳。
背が高く、細身で、顔立ちも涼やか。
一見すると、いわゆる格好いいものが似合いそうな人だ。
でも。
「可愛いものが好きなんです」
本人はそう言った。
「小さなお花とか、柔らかい色とか」
「いいですね」
「……いいのですか?」
「何がです?」
「私は、そういうものが似合わないと言われることが多くて」
なるほど。
また出た。
似合わないから禁止。
「全部を甘くしすぎると、確かにクララさん自身の綺麗な線が消えるかもしれません」
「やっぱり」
「でも、小さなお花を使うのをやめる理由にはならないです」
私は彼女を見る。
すっきりした形。
長い線。
そこは活かす。
その中に、好きなものを置けばいい。
「形は綺麗なまま。そこに、小さなお花を入れませんか?」
クララさんの顔が明るくなった。
よし。
一人目。
◇
さらに。
「エレナさん」
また来た。
今度は小柄で、丸みのある可愛らしい令嬢。
ミレイユさん。
十九歳。
「私、大人っぽく見られたいんです」
なるほど。
見る。
現在のドレスは、かなり濃い色。
髪もきっちりまとめている。
大きめの宝石。
そして、本人の表情がちょっと苦しそう。
頑張って大人になろうとしている。
「大人っぽいって、どんな感じですか?」
「え?」
「落ち着いて見られたい? 格好よく見られたい? 女性らしく見られたい?」
ミレイユさんが考える。
「……子ども扱いされたくない、かもしれません」
なるほど。
だったら。
大人っぽい服を無理に着ることより、話す速度や姿勢を少し変える方が効くかもしれない。
装いは、本人の柔らかさを消さなくていい。
「可愛いまま、大人っぽくできますよ」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだちゃんと見てないので」
適当な約束はできない。
でも面白そう。
◇
帰宅すると。
ローラが手紙を持っていた。
「お嬢様」
「また?」
「はい」
一通。
二通。
三通。
「……何これ」
「ご相談を希望される方々からです」
「何で?」
「アシュリーさんのお茶会で、ずいぶんお話が広がったようですね」
噂。なるほど。
「お嬢様に相談すると、自分に似合う装いを考えていただけると」
「自分に似合う、だけだとちょっと違うんだけどな」
「そうなのですか?」
「好きなものも大事だから」
でも噂なんてそんなものか。全部正確には伝わらない。
「それにしても」
ローラが手紙を整えながら言う。
「これだけご希望があるのでしたら、何かお仕事のようですね」
「仕事?」
「はい」
考えたことがなかった。
今はただ面白い。
相談されるのが楽しい。
考えるのが楽しい。
相手が鏡を見て笑うのが嬉しい。
「でも、お金もらってないし」
「そうですね」
「今は楽しいから、いいかな」
ローラが何か言いたそうな顔をした。
「何?」
「いえ」
また、その顔。
「何?」
「そのうち、もっと増えそうだなと思いまして」
「そのとき考える」
今のところできる。
楽しい。
だったら、やる。
それでいい。
◇
その頃、私の知らないところでもどうやら噂は広がっていたらしい。
ベルフォード伯爵家の、以前はあまり目立たなかった令嬢。
自分自身が急に綺麗になった。
兄まで変わった。
今度は、他の令嬢たちの装いを見ているらしい。
しかも、流行のものを全員に着せるわけではない。
本人が好きなものを聞いて、似合う形にする。
そんな話が、社交界のあちこちで少しずつ交わされるようになっていた。
その噂を、面白そうだと拾った人がいたことを私はまだ知らなかった。




