第6話 あなたは、何が好き?
数日後。
アシュリーさんが、ベルフォード家を訪ねてきた。
「今日はお時間をいただいて、ありがとうございます」
「こちらこそ。私も楽しみにしていました」
これは本当だ。
すごく楽しみにしていた。
ただし、今日はお兄様のときとは違う。
いきなり髪を触ったり、「その色違います」と言ったりしてはいけない。
当然である。
相手は被験者ではない。
お客様――と呼ぶにはまだお金をもらうわけでもないけれど、少なくとも私に相談したいと思って来てくれた人だ。
まずは、話を聞く。
私はアシュリーさんと向かい合って座った。
改めて見ると、やっぱり華やかな人だ。
大きな目。曲線のある輪郭。柔らかな唇。
黙っていても女性らしい。
それなのに。
今日の装いは、少しもったいない。
大きく巻かれた長い髪。
耳元には存在感のある飾り。
濃い色のドレスには、胸元から裾までたっぷりと装飾が入っている。
どれも単体では綺麗だ。
でも、全部が頑張ってる。
本人が華やか。
髪も華やか。
アクセサリーも華やか。
ドレスも華やか。
メイクも華やか。
情報が多い。ただし、ここで言ってはいけない。
「全部取った方がいいです」
それでは私の好みに変えるだけだ。
「アシュリーさん」
「はい」
「最初に、いくつか伺ってもいいですか?」
「もちろんです」
「どんなものがお好きですか?」
アシュリーさんが、少し意外そうに瞬きをした。
「好きなもの、ですか?」
「はい。色でも、形でも、飾りでも。逆に、あまり好きではないものがあれば、それも知りたいです」
「似合うものを教えてくださるのではないのですか?」
「もちろん、それも考えます。でも」
私は少し考えてから言った。
「似合っていても、ご本人が好きではなかったら、着ていて楽しくないでしょう?」
アシュリーさんが黙る。
「私は、アシュリーさんを私好みにしたいわけではないので」
「……なるほど」
それから少しずつ、彼女は話し始めた。
赤が好き。
花の刺繍も好き。
リボンも可愛いと思う。
きらきらしたものも嫌いではない。
逆に、地味すぎるものはあまり好きではない。
可愛らしさは残したい。
でも、子どもっぽくは見られたくない。
華やかで、綺麗だと思われたい。
なるほど。私は紙に書いていく。
赤。
花。
リボン。
華やか。
女性らしい。
「全部残せそう」
「え?」
「いえ。こちらの話です」
アシュリーさんを、もう一度見る。
彼女自身に、すでに華やかさがある。
だったら必要なのは、それを消すことではない。
華やかさの種類を変えることだ。
◇
まず、色を見た。
いくつかの布を顔の近くに当てていく。
重いワインレッド。悪くない。
でも、少し顔より色が先に来る。
暗い深紅も同じ。
次に、明るく柔らかな赤。
「あ」
顔がぱっと明るくなった。血色までよく見える。
「これです」
「赤……ですよね?」
「はい」
「でも、今着ているものも赤です」
「赤にもいろいろありますから」
私は二枚を並べる。
「アシュリーさんが好きなのは赤でしょう? だったら、赤をやめる必要はないです」
好きなものを諦める必要はない。似合う赤を探せばいい。
「こっちの方が、アシュリーさんの顔が先に見えるんです」
「顔が先?」
「今の赤は、最初に『赤いドレス』が目に入る感じ。でもこちらなら、『アシュリーさんが赤いドレスを着ている』になるというか」
我ながら感覚的。
でも、アシュリーさんは鏡を見比べて少し驚いた顔をした。
「……本当」
伝わったらしい。
次に、ドレス。
彼女は身体の線も柔らかく、上半身には繊細さがある。
だから、厚く重い生地をたっぷり使うより、軽い素材の方が綺麗に動く。
重心も、少し上にある方がまとまりやすい。
「お花も入れましょう」
「いいのですか?」
「もちろん」
「リボンは?」
「使えます」
「装飾は減らすのですよね?」
「減らすというより、全部を一度に使わないだけです」
好きなものは、全部持っていていい。
でも、一着の中に全部集合させなくてもいい。
「今日は花。次はリボン。別の日には宝石を主役にしてもいいでしょう?」
「あ……」
「可愛いものって、使う機会が一日しかないわけじゃないですから」
アシュリーさんが、少しずつ笑顔になっていく。
よし。
方向は合っている。
◇
髪は、ルカにも見てもらった。
「あら。これは確かに、やりがいがあるわね」
アシュリーさんの髪を触りながら、ルカが楽しそうに笑う。
「今も綺麗だけど、量がちょっと多く見える」
「そうなの。髪が多いから、いつもこうして大きく巻いていただいていて」
「多いからこそ、全部を広げなくていいのよ」
ルカが後ろから髪をまとめる。
ふわりと持ち上げ、首元を出した。
その瞬間。
「あ」
声が出た。
「アシュリーさん」
「はい?」
「首、綺麗ですね」
「……首?」
本人が驚いている。
今まで、ほとんど髪に隠れていた。
細くて、長い。
肩への繋がりも綺麗。
「ここ、見せましょう」
私は鏡越しに彼女を見る。
「全部下ろすより、上げた方が絶対綺麗です」
「でも、華やかさがなくなりませんか?」
「なくならないです」
だって、アシュリーさん自身がもう華やかだから。
その言葉を口にすると、彼女が少し目を見開いた。
「私自身が?」
「はい」
そこだ。
今までのアシュリーさんは、華やかに見せるためにいろいろなものを足していた。
でも本当は、足さなくてもすでにある。
だから、なくすわけではない。
重くしていた華やかさを、軽くする。
重厚な華やかさから、軽やかな華やかさへ。
それが、今回のコンセプトだ。
◇
数日後。
仕上がったドレスに袖を通したアシュリーさんが、鏡の前に立った。
柔らかく明るい赤。
軽い生地。
上半身には小さな花の刺繍。
ウエスト位置は少し高め。
髪は首元を出してまとめ、小さなリボンを一つ。
イヤリングは、これまでよりずっと小さい。
メイクも色を重ねすぎず、彼女の大きな瞳と元々の血色を活かした。
「…………」
アシュリーさんが、鏡を見たまま動かない。
どうだろう。
私は横顔を見る。
少し不安になる。
やっぱり、好きな華やかさが足りなかった?
「アシュリーさん?」
「可愛い……」
小さな声。
「でも」
彼女が鏡に近づく。
「ちゃんと、綺麗」
よかった。
その言葉が一番嬉しい。
「私、赤も着てる」
「はい」
「お花もある」
「あります」
「リボンも」
「ちゃんと」
アシュリーさんが笑う。
「何も、諦めてないですね」
「そうですよ」
似合うものを知るのは、好きなものを捨てるためじゃない。
好きなものを、もっと自分らしく楽しむためだ。
私は、その方が絶対楽しいと思う。
◇
帰り際、アシュリーさんが振り返った。
「エレナさん」
「はい?」
「今度、お茶会があるんです」
「はい」
「この格好で行ってみてもいいでしょうか?」
「もちろん」
むしろぜひ行ってほしい。反応が見たい。
「それで……もしよければ、エレナさんもいらっしゃいませんか?」
「私も?」
「はい。私だけだと少し心細くて」
そして、少し照れたように笑う。
「それに、もっとお話してみたいです」
「…………」
それは予想してなかった。相談が終わったら、それで終わりだと思っていた。
「もちろんです」
答えると、アシュリーさんが嬉しそうに笑った。
なんだろう。
これもちょっと嬉しい。
美容の実験をしていただけなのに。
新しいものが、一つ増えた気がした。




