第5話 兄、化ける
結果から言うと、お兄様は化けた。
「ダミアン様、今日は雰囲気が違いますね」
「髪を変えられたのですか?」
「そのお色、とてもお似合いです」
社交の場へ出たお兄様の周りには、明らかに以前より人が集まっている。
特に女性。
私は少し離れたところから、その様子を観察していた。
お兄様がこちらを見る。
目が合う。
ものすごく何か言いたそうな顔をしていた。
たぶん、「検証ってこれのことか。」と、思っている。
そうです。それのことです。
◇
「満足したか?」
帰宅後、お兄様が聞いた。
「かなり」
「そうか」
「お兄様も、ちょっと嬉しかったでしょう?」
「別に」
「嘘」
「エレナ」
「何ですか?」
「最近、遠慮がなくなったな」
「家族なので」
「前から家族だ」
それは、そう。
でも、元のエレナより今の私はたぶんずっと喋る。
「でも、すごく似合ってましたよ」
「それは認める」
お。
「髪も服も、自分では選ばなかったと思う」
「でしょう?」
「ただ」
お兄様が私を見る。
「お前、これを誰にでもやるつもりか?」
「え?」
「今日も、ずっと人の服を見てただろう」
バレてた。
「見てただけです」
「顔も」
「見てました」
「髪も」
「見てました」
「怖いな」
失礼な。でも、確かに見ていた。
あの人は、もっと首元をすっきりさせた方が綺麗。
あの人は、今より柔らかい色の方が顔が明るくなる。
あの人は、大きなアクセサリーより小さいものを重ねた方が似合いそう。
勝手に、次々浮かんでくる。
楽しい。
でも、だからといって全員に言うつもりはない。
「頼まれたらやってみたいですけど」
「頼まれたら?」
「はい」
お兄様が少し考えた。
「なら、案外早いかもしれないな」
「何が?」
「頼まれるの」
◇
翌日、本当に手紙が来た。
「お嬢様」
ローラが、少し驚いた顔で封筒を持ってくる。
「何?」
「アシュリーさんからです」
「アシュリーさん?」
記憶を探る。
二十歳。私より二つ上。何度か社交の場で会ったことのある令嬢。
華やかな顔立ちに、大きな目。曲線的な雰囲気。
あ。覚えてる。
この前、お兄様の近くにいた。
手紙を開く。
丁寧な文章で、先日のダミアンの装いがとても素敵だったこと、それを私が選んだと聞いたこと、もし迷惑でなければ自分のことも相談してみたい、と書かれていた。
「…………」
来た。
「お嬢様?」
「来た」
「何がですか?」
「被験者二号」
「その呼び方は、お相手にはなさらないでくださいね」
「しないよ」
さすがに。
◇
でも、すぐに返事を書く手は止まった。
お兄様は家族だった。
私が勝手に似合うと思うものを試しても、最悪、怒られるだけ。
でも、アシュリーさんは違う。
本人がどうなりたいのか。
何が好きなのか。
それを、私はまだ知らない。
私が似合うと思うものを一方的に着せればいいわけじゃない。
そもそも、私の目的は人を私好みに変えることではない。
「ローラ」
「はい」
「人に何かを選ぶときって、何から聞いたらいいと思う?」
「私にですか?」
「うん」
ローラは少し考えた。
「その方が、何をお好きなのかでは?」
「……だよね」
やっぱり、まずはそこだ。
好きなもの。
嫌いなもの。
どう見られたいか。
それを聞く。
その上で、その人自身を見る。
似合うものも、好きなものも、両方大事。
「よし」
私は返事を書く。
ぜひ、お話を伺いたいです。
そう書いた。
◇
その日の午後、ルカのところへ行った。
「今度、人の相談に乗ることになったの」
「あら。もう?」
「うん」
「誰?」
「アシュリーさん」
ルカが少し考える。
「ああ。あの華やかなお顔の」
「そう」
「あなたとは全然違うわね」
「だから面白いでしょ」
私に似合うものだけ分かっても意味がない。
違う顔。
違う身体。
違う好み。
そこでも私の考え方が使えるのか、試したい。
「でも、髪はまた相談していい?」
「もちろん」
ルカが笑った。
「その代わり」
「何?」
「私の意見もちゃんと聞きなさいよ」
「聞くよ」
「あなた、理屈が通るとすぐ走るから」
何。
みんな、私のことそう思ってるの?
「でも」
ルカが続ける。
「面白いわね」
「何が?」
「あなたと話してると、私も今までやらなかった髪型を考えるのよ」
それは、嬉しい。
すごく。
「じゃあ」
私は笑う。
「一緒に考えよう」
「いいわよ」
◇
帰りの馬車の中で、私は窓の外を見る。
最初は、自分を可愛くしたかっただけだった。
それがお兄様になって、次はアシュリーさん。
自分とは全然違う人。
どうなるんだろう。
楽しみ。
すごく楽しみ。
そして、ふと思う。
私、もしかしてこれ、かなり好きかもしれない。
自分が可愛くなるのも好き。
でも、誰かの中にある、まだ使われていない可愛さや綺麗さを見つけるのも同じくらい――いや、もしかしたらそれ以上に面白いのかもしれない。
このときの私は、まだ知らなかった。
アシュリーさんが私にとって最初の「お客様」になることも。
最初の令嬢の友達になることも。
そして、この遊びみたいな研究が、いつか私の仕事になることも。




