第4話 被験者一号
自分で試して、成功した。
となれば、次にやることは一つだ。
他人でも再現できるか、検証する。
「お兄様」
「嫌な予感がする」
朝食の席で、まだ何も言っていないのに、兄――ダミアン・ベルフォードは私を見るなりそう言った。
失礼な。
「まだ何も言ってません」
「最近のお前は、何か思いついた顔で近づいてくる」
「そんな顔あります?」
「ある」
お兄様は二十四歳。私より六つ上だ。
仕事もできる。頭もいい。家族にも優しい。
そして。
素材がいい。
ここ重要。
髪は暗めで、肌も比較的白い。顔立ちはすっきりしていて派手ではなく、私と少し似ている。
ただし。
「お兄様」
「何だ」
「前髪、重くないですか?」
「…………」
「あと、その茶色、あんまり似合ってないです」
「朝一番に妹から言われることか?」
「前から思ってたんですけど」
正確には、転生してから。
「お兄様、青みのある色の方が絶対似合います」
「青み?」
「はい」
「何の話だ?」
やっぱり、この世界にはパーソナルカラー的な考え方はあまりないらしい。
「ちょっと付き合ってください」
「どこに」
「まずルカのところです」
「なぜ」
「検証したいので」
「何を」
私はどう伝えればいいか少し考える。分かりやすい言葉。
「お兄様が、どこまで格好良くなるか」
「…………」
お兄様が額に手を当てた。
「エレナ」
「はい」
「俺は忙しい」
「今日、午前中は空いてますよね?」
「なぜ知ってる」
「ローラに聞きました」
「ローラ」
少し離れたところにいたローラが、静かに視線を逸らした。
ごめん。
巻き込んだ。
◇
結局、お兄様は来た。優しい。
「被験者一号」
「今、何か言ったか?」
「何でもないです」
まずは髪。
ルカはお兄様を見るなり、「あら」と目を細めた。
「今日はお兄様なのね」
「エレナに連れてこられた」
「でしょうね」
何で、みんな分かるの。
私はお兄様の前髪を持ち上げる。
「目元、綺麗なのに隠れてる」
「触るな」
「ここ出した方がいい」
「エレナ」
「全部上げるのは違うけど、重さは取った方が絶対いい」
「聞け」
ルカが笑う。
「私はエレナに賛成ね」
「ルカまで」
「でも、全部はやらない」
ルカがお兄様の髪を見ながら、指先で形を作る。
「エレナ。あなたの言う通り、この辺りは軽くした方がいい。でも、この人は額を全部出しすぎると少し強くなるわ」
「なるほど」
「少し残す。目は見せる。でも柔らかさも残す」
「それがいい」
お兄様が鏡越しに私を見る。
「俺の意見は?」
「嫌ですか?」
「……別に」
「じゃあ決まりです」
「お前な」
でも、少し笑っている。嫌ではないらしい。
◇
髪を整えたあと、次は服だ。
ここで私は一度止まった。
男性服。
分からないわけではない。現世でもメンズファッションは見ていた。
でも、女性服ほど詳しくない。
まして、この世界の男性服の仕立てや構造は現世とは違う。
知ったかぶりはよくない。
「お兄様」
「今度は何だ」
「仕立屋さんに行きたいです」
「まだ続くのか?」
「続きます」
「……分かった」
本当に優しい。
今度何かお礼しよう。
仕立屋では、まず布を当てていく。
黄みのある茶。
「違う」
ベージュ。
「違う」
深いネイビー。
「これ」
顔が一気に締まる。やっぱり。
次にチャコール。いい。
深い、少し青みのある緑。これもいい。
「お兄様は青みです」
「だから何の話だ」
「私には分かります」
「怖いな」
ただ、色は分かる。
問題は形だ。
私は仕立屋の男性を見る。
「この人、どんな形が一番綺麗に見えますか?」
相手が少し驚いた顔をした。
「私にお聞きになるのですか?」
「はい。男性服の形は、私より詳しいでしょう?」
当たり前だ。
私は似合う方向を考えられる。
でも、実際にどう作ればこの身体が一番綺麗に見えるかは、毎日服を作っている人の方が詳しい。
「肩は元々綺麗なので、ここはあまり足さない方がよろしいかと」
「なるほど」
「腰回りを少しすっきりさせれば、背も高く見えます」
「それでお願いします」
お兄様が、私と仕立屋を交互に見る。
「楽しそうだな」
「楽しいです」
即答した。
◇
数日後。
仕上がった服を着て、髪も整えたお兄様が鏡の前に立つ。
私も見る。
ルカも見る。
お兄様だけが、少し居心地悪そうだ。
「何だ」
私は腕を組んだ。
ネイビー。
正解。
前髪。
正解。
全体の線。
正解。
今まで隠れていた顔が、ちゃんと見える。
「お兄様」
「何だ」
「格好いいですね」
「他人事みたいに言うな」
「だって本当に」
元々、素材はいい。
ただ、活かしてなかっただけだ。
「これで外に出てみてください」
「まだ検証するのか?」
「当然です」
自分が格好いいと思うだけでは意味がない。
周りの反応も見たい。
仮説は、結果まで見て初めて検証できる。
「……本当に研究みたいね」
ルカが笑った。
そうかもしれない。
私は鏡の中のお兄様を見る。
うん。
被験者一号。
かなり成功している。




