第3話 今日の私は、どう見せる?
数日後、私は久しぶりに社交の場へ出ることになった。久しぶりっておかしいな。転生後初めての社交の場。
小規模なお茶会。
夜会ほど大げさではないけれど、何人かの令嬢や令息が集まるらしい。
元のエレナなら、たぶんできるだけ目立たない服を選び、壁際にいて、話しかけられたら笑って終わる。
でも、今の私は違う。
「よし」
机に紙を置くと、ローラが横から覗いた。
「何をなさっているのですか?」
「今日の設計」
「設計?」
「今日の私は、どう見せるか」
まずはコンセプト。
可愛い。でも、頑張りすぎていない。
柔らかい。上品。
そして、今までのエレナとはちゃんと違う。
一度に全部を変えすぎると、「何があったの?」になる。
でも、変わったことには気づいてほしい。
「……清楚で、柔らかくて、少しだけ華やか」
うん。
これでいこう。
◇
次に決めるのはドレスだ。
ここは大事。
今日はメイクから決めるより、まず一番面積の大きいところを決める。
全身の印象を作るのは服。そのあと髪やメイクを合わせた方が、全体の調和が取りやすい。
衣装部屋を見ていく。
濃い茶。重い赤。黄みの強いベージュ。
悪くはない。
でも、今の私には少し重い。
「これ」
奥にあった一着を出した。
淡いラベンダー。
青みはあるけれど冷たすぎず、光が当たると少し柔らかく見える。生地も軽い。
形は上半身をすっきり見せながら、重心が下がりすぎない。
「これにする」
「以前は、ほとんどお召しになりませんでしたね」
「もったいない」
肩に当てて鏡を見る。
やっぱり。
顔が明るい。
「可愛い」
「まだ着ていませんよ」
「もう分かるの」
ローラが笑った。
◇
ドレスを決めたら、次は髪。
ルカに整えてもらった形を活かしつつ、今日は少しだけ柔らかくする。全部をきっちりまとめるより、顔周りに動きを残した。ちなみにあります。髪を巻くコテのような道具が。ご都合主義に感謝。
そのあとにメイク。
ラベンダーのドレスに合わせて、頬と唇には柔らかなローズ。目元も濃くしすぎず、肌の透明感を消さないようにする。
アクセサリーは小さなものにした。
ドレスも髪も柔らかい。ここで大きな宝石を足すと、少し重い。
そして最後。
振る舞い。
鏡の前に立つ。
肩、背筋、顎、目線。
元のエレナは、人と目が合う前に視線を落とす癖があったらしい。
今日は先に逃げない。
話しかけられたら相手を見る。それから笑う。
笑顔は、ずっと貼りつけているより必要なときに出した方が印象に残る。
「……よし」
「完成ですか?」
「完成」
ローラが私を見る。
少し黙った。
「何?」
「いえ」
「何?」
「お綺麗だなと思って」
「でしょう?」
「そこは謙遜なさらないのですね」
「ローラしかいないし」
それに。
自分で考えて、自分で試して、ちゃんと上手くいった。
嬉しくないわけがない。
◇
会場へ入った瞬間、空気がほんの少しだけ変わった。
気がした。
いや。
自意識過剰かもしれない。
もう少し観察しよう。
視線。
一つ、二つ、三つ。
知っている顔もある。
向こうが私を見て、一瞬、確認するような顔をする。
なるほど。
ちゃんと変わって見えるらしい。
「エレナさん?」
声をかけてきたのは、以前にも何度か顔を合わせたことのある令嬢だった。
「こんにちは」
「まあ。髪を変えられたのですね」
「はい。少しだけ」
「とてもお似合いです」
「ありがとうございます」
私は相手を見る。
柔らかな桃色のドレス。
可愛い。
「そのドレスも素敵ですね。とても綺麗な色」
「あら、嬉しい」
彼女が笑った。
私も笑う。
大丈夫。
普通に話せる。
というか、楽しい。
以前のエレナの記憶があるから、最低限のマナーも分かるし、何を話していいかも分かる。
それに、人の服を見るのも髪を見るのも普通に面白い。
あ。
この人。
今の髪より、少し首元を出した方が絶対綺麗。
でも、言わない。
まだ、求められてないから。
◇
少し離れたところにいた男性と目が合った。
以前なら、たぶんすぐに逸らしていた。
今日は、一拍だけそのまま。
それから、軽く微笑む。
相手が一瞬止まった。
なるほど。
効く。
別に、落としたいわけじゃない。
ただ、人の印象というものは服だけでは決まらない。
視線。姿勢。表情。話し方。
同じ顔でも、全部で変わる。
私は少し楽しくなった。
仮説。
実行。
反応。
結果。
これ、美容というより研究に近いかもしれない。
◇
帰りの馬車で、ローラが向かいから私を見る。
「お嬢様」
「うん?」
「今日は、ずいぶん楽しそうでしたね」
「楽しかった」
「皆様も驚いていらっしゃいました」
「やっぱり?」
「はい。何人かの方が、お嬢様のお話をしていましたよ」
「何て?」
「綺麗になった、と」
私は窓に映る自分を見る。
淡いラベンダー。
軽い髪。
柔らかい血色。
朝、考えた通り。
清楚で、柔らかくて、少しだけ華やか。
そして、以前とは違う。
「……ほらね」
「何がですか?」
「仮説通り」
ローラには、まだ分からないらしい。
でも、いい。
私には分かる。
この世界でも、ちゃんと使える。
現世でずっと集めてきた、私の知識。
そしてこれは、思っていたよりずっと面白い。




