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どうやら異世界転生ってやつ?〜令和の垢抜け研究者(自称)が、社交界をまるごとプロデュースします〜  作者: 天野みんと


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2/20

第2話 まずは髪から

自分を垢抜けさせよう。

そう決めて、最初に考えたのはメイクではなかった。

髪だ。

顔そのものを変えるより、顔の周りを変えた方が印象は大きく動く。

前髪、顔周り、長さ、艶、ボリューム。

髪は、顔の額縁みたいなものだ。

「ローラ」

「はい、お嬢様」

「髪を切りたい」

髪を梳かしていたローラの手が止まった。

「……切るのですか?」

「うん」

「ずいぶん急ですね」

「思いついたから」

「昨日まで、そのようなことは一言もおっしゃっていませんでしたが」

「昨日は思いついてなかったから」

ローラは少し黙った。

この数日で分かったけれど、彼女は私のこういうところにだいぶ慣れている。元のエレナも方向性こそ違えど、突然何かを言い出すタイプだったらしい。

「では、ルカさんにお願いしましょうか」

「ルカさん?」

「いつもお嬢様の髪を整えてくださっている方です」

いるんだ。

美容師。

素晴らしい。

「今日行ける?」

「……まずは、ご都合を伺いましょうね」

「あ」

そうだった。

予約。

この世界にも予約はある。

「お願いします」

「はい」

ローラが笑った。

なんとなく、少しだけ子どもを見守る顔だった。

ルカは、想像していたよりずっと華やかな人だった。

三十歳前後だろうか。すらりとした男性で、長い指が綺麗だった。

「あら、エレナ。珍しいじゃない。あなたが自分から来るなんて」

会うなりそう言って、私の髪に触れる。

「切りたいの」

「へえ?」

鏡越しに、興味深そうな目が向けられた。

「どんなふうに?」

「まず、今より少し軽くしたい。長さは全部切りすぎないで、顔周りに動きが欲しいなって」

「ふうん」

「でも、ふわふわさせすぎるのは違う。私、顔自体は柔らかいから、髪まで全部柔らかくするとぼやける気がするの」

ルカの手が止まった。

「エレナ」

「何?」

「あなた、いつからそんなこと考えるようになったの?」

転生してから。

とは言えない。

いや、ローラには言ったけど信じてもらえなかった。

「最近?」

「何で疑問形なのよ」

ルカが笑う。

「でも、面白いわね。続けて」

私は鏡を見る。

この顔は派手ではない。だからといって、盛ればいいわけでもない。

むしろ、繊細なバランスを活かした方がいい。

「前髪も重すぎる。目元が隠れてる」

「それは私も前から思ってた」

「言ってよ」

「あなたが隠したがったのよ」

なるほど。

元のエレナ、壁の花になる気満々だったらしい。

「じゃあ、出す」

「急ねえ」

「今は出したいから」

ルカが、ふっと笑った。

「いいじゃない」

そこからは、本当に楽しかった。

私が理想を言い、ルカが実際の髪質を見ながら修正する。

「そこまで軽くすると、あなたの髪だと広がるわよ」

「じゃあ、広がらないギリギリは?」

「このくらい」

「それで」

「顔周りは?」

「頬の横に少し」

「だったら、もう少し上から繋いだ方が綺麗」

「それでお願いします」

現世の知識があるからといって、私がこの世界の技術まで知っているわけではない。

むしろ、目の前で髪が形になっていくのを見ていると、単純に感心する。

「すごい」

思わず口にすると、ルカが得意そうに笑った。

「そうでしょう?」

「うん。あなたがね」

「あら」

一瞬目を丸くしてから、ルカは楽しそうに笑った。

「エレナ、あなたちょっと面白くなったわね」

そうかもしれない。

髪が終わったあと、私は化粧品を並べてもらった。

思っていたより、ちゃんとある。

粉、頬紅、口紅、目元に使う色。眉を描くものや、まつ毛を濃くするものまである。

十分。

かなり遊べる。

「この世界、優秀……」

「また不思議なことをおっしゃっていますね」

隣でローラが呟いた。

色も意外と多い。

ただし、使い方はかなり流行に左右されるらしい。

肌を白く見せる。目を大きく見せる。頬を華やかにする。唇を目立たせる。

そういう「美人の型」に近づけるために使われることが多く、個人に合わせるという発想は、あまり強くない。

もったいない。

「お嬢様、このお色がお好きでしたよね」

ローラが、小さな頬紅を手に取った。

少し青みのある、可愛いピンク。

「あ、好き」

現世でも、こういう色は好きだった。

頬に少し乗せてみる。

悪くない。

でも、今日の全体にはもう少し柔らかい色の方が馴染みそうだ。

「今日はこっちにしようかな」

別の、少しだけ穏やかなローズ色を取る。

ローラが首を傾げた。

「先ほどのお色は、お嫌いになったのですか?」

「ううん。好きだよ」

「では、なぜ?」

「好きだからって、毎回顔に使わなくてもいいでしょう?」

頬に使わなくても、リボンでもいい。小物でも、服の刺繍でもいい。もっと似合う濃さを探したっていい。

好きなものを諦めるために、似合うものを知るわけじゃない。

好きなものを、もっと上手に楽しむために知る。

私は、そういう方が好きだ。

「今日は、このローズの方が髪にも合うから」

「なるほど……」

「青みのピンクは、また別の日に使う」

似合わない。

だから禁止。

ではない。

じゃあ、どう使う?

そこを考えるのが楽しい。

髪を整え、眉を少し整える。

肌は厚く塗りすぎず、頬と唇に柔らかい血色を足した。目元も濃く囲まない。

元々あるものを、少しだけ見えやすくする。

それだけなのに、鏡の中のエレナは朝とはかなり違って見えた。

「……可愛い」

口から出た。

ローラが笑う。

「はい。とても」

「いや、これかなり可愛いよね?」

「ご自分でおっしゃるのですね」

「だって可愛いもの」

自分しかいない部屋でくらい、好きに言えばいい。

可愛い。

嬉しい。

楽しい。

「お嬢様、楽しそうですね」

「うん」

これは、かなり楽しい。

現世でも、自分に似合うものを研究するのは好きだった。

でも、一からここまで変わる余地があるなんて。

ちょっと。

いや、かなり面白い。

鏡の中の自分に笑いかけると、表情まで変わった。

そう。これ。

服も、髪も、メイクも、全部整えても。

最後に人の印象を決めるのは、こういうところだったりする。

「次は服かな」

「次?」

「うん」

ローラが小さく息をつく。

「まだ続くのですね」

「もちろん」

髪だけで、これだけ変わった。

だったら。

全部やったら、どうなる?

考えただけで、わくわくした。


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