第1話 どうやら異世界転生ってやつ?
どうやら、異世界転生ってやつをしたみたい。
うん。なんか流行ってたもんね。
ただ、なんで転生したかは、はっきり覚えていない。事故だったのか、病気だったのか、それとも眠って起きたらこうなっていたのか。
……まあ、いい。
読者のみんなも、たぶんそこにはそんなに興味ないよね?
重要なのは、二十五歳の普通の会社員だった私が、目を覚ましたら十八歳の伯爵令嬢になっていたということだ。
そしてこれは、いわゆる令嬢ものっぽい世界に異世界転生した私が、現世で大好きだった垢抜け知識を元に成り上がっていくお話。
――になる予定である。
たぶん。
◇
「……誰?」
朝、鏡を見た私は、しばらくそこから動けなかった。
知らない顔が映っている。
髪は柔らかな焦げ茶色。肌は白く、目元も口元も派手ではない。十八歳らしい若さはあるけれど、一目見て誰もが振り返るような華やかな美少女、というわけでもなかった。
なるほどね。
伯爵令嬢。地位は、まあまあじゃない?
でも、すごく垢抜けない。いわゆる芋女って感じ。
顔立ちは、うん。確かに控えめ。
ただし、私は鏡にぐっと顔を近づけた。
「……パーツ配置、神じゃない?」
思わず声に出た。
目そのものは大きすぎない。でも左右の間隔がちょうどいい。鼻筋も主張しすぎず、口元とのバランスも綺麗。輪郭には柔らかさがあって、顔全体に変な癖がない。
現世の私なら、かなり理想としていたはずだ。
派手ではない。でも、整っている。
そしてこういう顔は――やり方次第で、かなり化ける。
「お嬢様?」
背後から声がして振り返ると、若い女性が不思議そうな顔で立っていた。
エプロンのついた服。
なるほど。メイドだ。
「どうかなさいましたか?」
「あ、えっと……」
名前が分からない。
困った。
すると彼女はますます心配そうな顔をした。
「お嬢様、本当に大丈夫ですか? ローラが分からないなんておっしゃいませんよね?」
ローラ。
助かった。
「ローラ」
「はい」
「実は私、異世界転生したみたいで」
「…………」
ローラが一度、二度と瞬きをした。それから、なぜかほっとしたように微笑んだ。
「まあ。また新しいお話を考えていらっしゃるのですね」
「違う。本当の話」
「今回は異世界なのですね」
「だから本当に――」
「前回は、たしか隣国の王子様と身分を隠して旅に出るお話でしたでしょう?」
「何それ」
ちょっと面白そう。
……いや、違う。
「私、そういうことよく言ってたの?」
「はい。お嬢様は昔から、お話を考えるのがお好きでしたから」
なるほど。
このお嬢様、もとい私のことでもあるが、元のエレナ空想家だったらしい。
「小説家になればよかったのに……」
「しょうせつか?」
「あ、何でもない」
どうやら、この世界では少し言葉の感覚も違うらしい。
私はもう一度、鏡の中の自分を見る。
記憶は、ある。
正確には、この身体がこれまでどう生きてきたのか、ぼんやりと分かる。
私はエレナ・ベルフォード。十八歳。ベルフォード伯爵家の長女。
家族仲は悪くない。両親も優しい。兄もいる。虐げられていたわけでも、婚約者に捨てられたわけでもない。
ただ、人前で話すのが得意ではなく、社交の場ではいつも目立たないところにいた。
友達も、ほとんどいない。一番よく話していたのは、このローラだったらしい。
頭の中ではいろいろなことを考えていたのに、それを外にはあまり出さなかった。
……元のエレナ。
今、どこにいるんだろう。
私がここにいるということは、あの子は――。
そこまで考えて、やめた。
分からない。
調べる方法もない。
私がここで延々と考え続けたところで、答えは出ない。
だったら
「きっとあの子なら、新しい人生をそれはそれで楽しんでるよね」
「お嬢様?」
「何でもない」
あれだけ頭の中で物語を作っていた子だ。もし本当にどこか別の世界へ行ったのなら、案外、上手に楽しんでいるかもしれない。
そう。私のように。
だから、しんみり考えるのはやめた。
◇
それから数日。
私は、この世界を観察した。
まず、衛生環境。
問題なし。
お風呂には入れる。歯も磨ける。トイレも普通に綺麗。化粧品もあるし、食事も美味しい。
メイドとは普通に仲良く話しているのに、階級制度はしっかり存在する。
魔法はない。
なのに、生活には妙に便利な道具が揃っている。
一方で移動は馬車。服はドレス。夜会があり、貴族がいる。
どうなってるの?
「この世界について真面目に考えると負けな気がしてきた……」
髪を梳かしてくれていたローラが首を傾げる。
「何のお話ですか?」
「こっちの話」
要するに。
私が快適に美容を楽しめる異世界。
そういうものだと思うことにする。
暮らしやすいので、目をつぶろう。
◇
現世の私は、ごく普通の会社員だった。
仕事をして、帰りにデパコスを見たり、可愛い服を買ったり、休日には友達とカフェに行ったりする。
美容関係の仕事をしていたわけでもなければ、インフルエンサーだったわけでもない。美容アカウントを作ってみようかな、と一度くらい考えたことはあるけれど、結局やらなかった。
ただ、美容やファッションを考えることが、昔からどうしようもなく好きだった。
自分に何が似合うのか考えること。
どうしたら、もう少し可愛く見えるのか試すこと。
同じ服でも、髪型やアクセサリーで印象が変わるのを見ること。
顔のパーツ配置、重心、色、素材、髪、メイク、服、アクセサリー。
それだけじゃない。
姿勢や表情、目線、笑うタイミングだって、人の印象を変える。
気づけば、頼まれてもいないのに膨大な知識が頭の中に溜まっていた。
友達を見て、
この子、絶対こっちの髪型の方が可愛いのにな。
とか
そのリップより、もう少し青みが少ない方が似合いそう。
とか
勝手に考えていた。
もちろん、言わない。
求められてもいないのに、人の外見に口を出すなんて普通に失礼だ。
だから、この知識を本気で使う機会はほとんどなかった。
でも、一回くらい使ってみたかった。
私は鏡を見る。
十八歳のエレナ。
控えめな顔立ち。柔らかな輪郭。細い肩に、華奢な上半身。そして今のところ、その良さをほとんど活かしていない髪と服。
「…………」
来た。
私のターンだ。
まずは、この子を一番可愛くしてみよう。




