第18話 明るい色を、諦めなくていい
最近、ベルフォード家にはよく人が集まる。
「この襟だと、もう少し線を細くした方が綺麗じゃない?」
「そうね。でも、生地がこれなら少し幅があってもいいわ」
ルカが布を見ながら言う。
隣ではノラさんが図案を直している。
オスカーさんは、その二人のやり取りを聞きながら何かを計算している。
ローラは予定表を見ている。
私は布を当てている。
ふと、部屋の入口を見ると父が立っていた。
「…………」
「お父様?」
「いや」
何。
「これが、いつものことなのか?」
「最近は、わりと」
「そうか……」
また額に手を当てている。
お父様。
そんなに頭痛持ちだったっけ。
◇
今日の相談者は母。
エレノア・ベルフォード。
ヴィクトリア様と年齢は近い。
でも全然違う。
ヴィクトリア様は、存在感が強い。
年齢を重ねたことで、昔は負けていた強い色や大きな宝石まで使えるようになった。
一方の母は柔らかい。
顔立ちも。
色も。
雰囲気も。
私に少し似ている。
というより私が母に似たのか。
「お母様は、どんなものがお好きですか?」
いつも通り聞く。
「昔は明るい色が好きだったわ」
「今は?」
母の今日のドレスは、濃い灰色。
悪くはない。
でも、顔が少し沈んで見える。
「最近は、こういう方が落ち着いて見えるかと思って」
「年齢的に?」
「……そうね」
なるほど。
ヴィクトリア様と同じ言葉。
でも、同じ答えにはならない。
◇
布を何枚か当てる。
深い茶。違う。
濃紺。悪くない。
でももっとある。
淡く明るい青。
「これ」
顔が一気に明るくなる。
母自身も鏡を見て少し驚いたようだ。
「こんな明るい色、久しぶり」
「好きですか?」
「好きよ。でも」
出た。
でも。
「もう少し若い人の方が――」
「年齢じゃなくて、お母様に似合うからです」
そう言うと、母が止まった。
「明るい色だから若い。暗い色だから大人、ではないでしょう?」
大人らしく見せたいなら。
色を暗くするだけが方法ではない。
生地。
形。
装飾。
全部で作れる。
「この色を使って、形をもっとすっきりさせましょう」
私は布を身体に沿わせてみる。
「生地は上質なもの。装飾は少なくていいと思います」
「明るいのに、子どもっぽくならない?」
「ならないです」
むしろ母の柔らかい顔立ちなら。
このくらいの色が自然。
◇
「髪は?」
ルカが母の周りを一周する。
現在は肩より少し長い。
柔らかく巻いている。
綺麗。
でも、顔も柔らかい。
服も明るく柔らかい。
全部をふわふわさせなくてもいい。
「少し切りたい」
私が言うのと。
「あたしも」
ルカが言うのが。
ほぼ同時だった。
顔を見合わせる。
「肩くらい?」
「そうね。ワンレン気味にして、面を綺麗に見せたいわ」
「それ」
母が笑う。
「二人とも同じことを考えるのね」
「得意分野は違いますけど」
でも、似合う方向が噛み合ったとき。
楽しい。
◇
肩のあたりで揃えた髪は。
巻きすぎない。
艶を出して。
綺麗な直線を少し残す。
柔らかな母の顔立ちの中に。
一本すっきりした線が入る。
いい。
メイクは血色を少し足すだけ。
強くしない。
ヴィクトリア様の赤とは違う。
アクセサリー。
ここで私は少し考える。
明るい青。
艶のある髪。
柔らかな血色。
「パール」
「真珠?」
「はい」
小さな一粒を耳元に。
それだけ。
「ネックレスは?」
母が聞く。
「いらないです」
「ブローチは?」
「なし」
「そんなに何もなくていいの?」
「いいんです」
普通だからいい。
パールって珍しくない。
でも、母には。
その静かな艶が合う。
「足さなくていいと思います」
それも一つの美しさだ。
◇
完成した。
母が鏡を見る。
艶のある。
肩までの髪。
明るく柔らかな青。
小さなパール。
自然な血色。
ヴィクトリア様とは全然違う。
でも、すごく綺麗。
「似てるわね」
母が鏡越しに私を見る。
「誰と?」
「あなたと、私」
並んでみる。
確かに。
色の雰囲気。
顔の柔らかさ。
少し似ている。
でも同じではない。
「親子でも、別の人ですから」
「そうね」
似ていても同じ服を着ればいいわけじゃない。
同じ色でも使い方が違う。
それが面白い。
◇
父を呼んだ。
母が少し楽しそうに立つ。
「どう?」
「似合ってる」
父が言う。
「それだけ?」
「…………」
困ってる。
お父様。
頑張って。
「……綺麗だよ」
母が笑った。
私も小さく。
「……ほらね」
言う。
父には聞こえなかったらしい。
よし。
◇
母は、鏡を見ながら。
髪に触れた。
「私、明るい色が好きだったのよね」
「また着ればいいじゃないですか」
「そうね」
年齢が増えたから。
似合うものが変わることもある。
ヴィクトリア様みたいに。
今だから使えるものが増えることもある。
でも。
ずっと似合っていたものを。
年齢だけを理由に。
手放さなくてもいい。
ヴィクトリア様と母。
同じくらいの年齢。
それでも答えは全然違う。
やっぱり。
「五十代はこれ」
みたいな正解はない。
見るのは年齢じゃなくてその人。
◇
母が、ふと私を見る。
「エレナ」
「はい?」
「あなた、本当にこの仕事が好きなのね」
「はい」
今度は考えなくてもすぐ答えられた。
「すごく」
母は少し嬉しそうに笑う。
「よかったわね」
またその言葉。
私も笑った。
◇
部屋へ戻ると、ローラが手紙を一通渡してきた。
「アシュリーさんからです」
「アシュリーさん?」
久しぶり。
手紙を開く。
相談したいことがあるようだ。新しいドレスについて。そして最後に。
『それとは別に、今度はお仕事ではなく、お友達としてお茶をしませんか?』
「…………」
そこで気づく。
そういえば私、アシュリーさんと友達になったんだった。
仕事が楽しすぎて普通に遊ぶのを忘れていた。




