第15話 今が使い時です
ある日わたしはアシュフォード侯爵家を訪れた。
うん。大きい。
知っていた。
侯爵家なのだから。
そりゃ大きい。
でも実際に来ると。
大きい。
語彙がなくなる。
◇
「エレナさん!」
ヴィクトリア様は今日もものすごく元気だった。
「待っていたわ」
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。さあ、こっち」
早い。
私より早いかもしれない。
横を見るとロイさんが少し遠い目をしている。
「母上。エレナ嬢は逃げないから」
「分かってるわ」
分かってなさそう。
◇
案内された部屋には。
服。
布。
アクセサリー。
そしてその隣。
「…………」
宝石。
いっぱい。
「これ全部ヴィクトリア様の?」
「そうよ」
すご。
侯爵夫人。
すご。
私はつい見てしまう。
色。
大きさ。
形。
石。
金属。
好きで集めていたけれど、あまり使っていないものも多いらしい。
「身につけるのは小さいものばかりね」
ヴィクトリア様が言う。
「大きいものは派手すぎる気がして」
私は一つ手に取る。
深い色の石。
存在感十分。
でも、今のヴィクトリア様なら負けない。
「これ」
「素敵でしょ。気に入って買ったのだけれど使えていなくて。」
「今こそ使い時です」
「今?」
「はい」
若い時じゃなくて今。
銀色の髪。
落ち着いた肌。
積み重ねた年齢。
全部がこの宝石に合う。
◇
ルカにも来てもらっていた。
ヴィクトリア様の銀髪を見るなり、ルカが目を輝かせた。
「あら。綺麗」
「染めた方がいいかしら?」
ヴィクトリア様が聞く。
「隠したいなら染めればいいわ」
ルカが髪を持ち上げる。
「でも、魅せるなら話は別」
さすが。分かってる。
「エレナはどうしたいの?」
「使いたい」
「でしょうね」
髪は長さを大きく変えすぎない。
でも、重たく見える部分を整えて艶を出す。
銀色がちゃんと光として見えるように。
「染めない方がいい?」
ヴィクトリア様が聞く。
「私は、こっちが好きです」
答える。
「でも、最後に決めるのはヴィクトリア様です」
「なら、染めない」
即決。
やっぱり親子。
似てる。
ロイさんを見たら嫌そうな顔をした。
何も言ってないのに。
◇
服は深い色。
ただし全部を重くはしない。
肩に上質な布を一枚。
顔周りには強さが出る色。
そして口紅。
赤をしっかりと。
「濃くない?」
ヴィクトリア様が鏡を見る。
「濃いです」
「いいの?」
「いいです」
弱くする理由がない。
ヴィクトリア様自身が負けないから。
むしろ。
薄くすると中途半端に見える。
「今のヴィクトリア様だから、これが映えるんです」
若い頃の彼女を私は知らない。
でも今、目の前にいる人は。
この赤を普通に使える。
◇
最後に宝石。
さっきの存在感のあるもの。
「本当にこれ?」
「はい」
「ロイ」
ヴィクトリア様が息子を見る。
「どう?」
「俺に聞く?」
「聞いてるの」
ロイさんが母親を見る。
一瞬。
黙る。
そして。
「いいんじゃない?」
「それだけ?」
「……今までで一番、母上らしい」
ヴィクトリア様が嬉しそうに笑った。
私はその言葉がすごく分かる。
若く見える。
ではない。
昔のヴィクトリア様に戻った。
でもない。
今のヴィクトリア様。
一番本人らしい。
◇
鏡の前。
銀色の髪。
赤い唇。
深い色。
存在感のある宝石。
ヴィクトリア様が。
自分を見る。
「私」
少し角度を変える。
「今の私、結構好きだわ」
出た。
好き。
私は笑う。
これやっぱり一番嬉しい。
◇
そのあとヴィクトリア様は、次々に宝石を出し始めた。
「これは?」
「使えます」
「これは?」
「ちょっと待ってください」
「これは?」
「母上」
ロイさんが止める。
「今日は一つずつにして」
「だって楽しいじゃない」
分かる。
すごく分かる。
「エレナさん、また来てね」
「ぜひ」
「即答しないで」
ロイさん何で。
◇
帰る前に少しだけロイさんがアシュフォード家の中を案内してくれた。
ロイさんが気軽に使用人に声をかける。
向こうも自然に返す。
ヴィクトリア様に対しても呆れながらちゃんと優しい。
なるほど。
こういう家で育ったんだ。
何となく分かる。
人との距離。
余裕。
話し方。
仕事のときの押しつけなさ。
全部が急に繋がった気がした。
「何?」
ロイさんに聞かれる。
また見てた。
「今日」
「うん」
「ロイさんのことも、いっぱい知りました」
ロイさんが一瞬止まる。
「……俺?」
「はい」
「母上の話じゃなく?」
「それもですけど」
家。
家族。
育った場所。
今まで仕事の話ばかりしていたから。
こういうの知らなかった。
「なるほど」
ロイさんが少しだけ変な顔をした。
何だろう。
まあ。
いいか。
◇
馬車の中。
私は今日のヴィクトリア様を思い出す。
若くする。
ではなく。
今を使う。
年齢が増えたから。
選択肢が減るとは限らない。
前は似合わなかったものが。
今は似合う。
髪の色が変わったから。
使える色が変わる。
本人の存在感が増したから。
大きな宝石に負けなくなる。
その時々の自分で遊べばいい。
「…………」
これ。
また一つ私の中の「魅せ方」が増えた気がする。
変わることは悪いことじゃない。
隠さなくてもいい。
その人の今を一番綺麗に使えばいい。




