第12話 値段を決めてませんでした
「値段を決めずに、もう仕事を始めた?」
ロイさんが聞いた。
「はい」
「新しいドレスを作るところまで?」
「はい」
「仕立屋と、新しく手伝う人も増えそう?」
「はい」
「それで?」
「値段を決めてませんでした」
「…………」
静か。
怖い。
怒鳴られる方が、まだ分かりやすい。
ロイさんはしばらく黙って、私を見る。
「エレナ嬢」
来た。
「はい」
「座って」
「もう座ってます」
「じゃあ、そのまま動かないで」
逃げないよ。
◇
「まず」
ロイさんが紙を出す。
「今回、誰の時間を使ってる?」
「私」
「だけ?」
「オスカーさん」
「うん」
「ノラさん」
「うん」
「セシリアさんも……?」
「依頼する側の時間は今はいい」
違った。
「他には?」
考える。
「店の人」
「そうだね。材料も使う」
「はい」
「それを全部使って、最後に『値段はあとで考えます』だと、誰が困る?」
「…………みんな?」
「正解」
耳が痛い。
「依頼する側だって困るよ。最後に思っていたより高い金額を言われたら?」
「嫌です」
「逆に安すぎたら?」
「私たちが困る」
「そう」
分かる。
言われればすごく分かる。
「君が自分の時間を無料で使うのは、まあ君が決めればいい」
「はい」
「でも、他の人の時間まで勝手に無料にすることはできない」
「……はい」
これは本当にそう。
◇
私は、楽しい。
考えるのが楽しい。
だから自分が何時間使ったかを、あまり気にしていなかった。
でも、
ルカも。
オスカーさんも。
ノラさんも。
仕事だ。
その人たちにも生活がある。
技術がある。
経験がある。
「楽しそうだから、一緒にやってください」
だけでは続かない。
「私」
紙を見る。
「ちょっと間違えてました」
「何を?」
「楽しいから、お金のことは後でいいかなって」
ロイさんは何も言わない。
「でも、楽しい仕事だからこそ、ちゃんと払われた方がいいですよね」
「俺はそう思う」
「一緒にやってくれる人にも、『この仕事やってよかった』って思ってほしい」
言いながら少しずつ考えが繋がる。
「ルカも、ノラさんも、オスカーさんも。それぞれ得意なことで誰かを喜ばせて、それでちゃんとお金ももらえるなら」
それってすごくいい。
「みんなにとって、楽しい仕事になるでしょう?」
ロイさんが少し笑った。
「そういうところは、いいと思うよ」
「そういうところは?」
「行動の早さも長所だと思ってる」
「本当?」
「ただし」
来た。
「行動が早いのと、決めるべきことを飛ばすのは別」
「…………はい」
反論できない。
◇
そこから料金の考え方を整理した。
まず私の相談と分析。全体の方向を決める部分。
そこが、この仕事の中心。
服を新しく作るなら、その料金は別。材料も別。
ルカや、今後他の専門家にお願いするなら、その分もちゃんと払う。
そして、外に頼む費用が発生するなら先に相談者へ伝える。
「全部、最初に分かるようにした方がいいんですね」
「少なくとも、何にお金がかかるのかはね」
「途中で変わる場合は?」
「その都度、確認する」
なるほど。
「あと」
ロイさんが言う。
「ノラって人に今後頼むなら、どういう形で頼むのかも決めた方がいい」
「どういう形?」
「仕立屋を辞めてもらうの?」
「え」
全然考えてなかった。
「辞めなくていいです」
即答。
だって、オスカーさんのところで働いているからこそ服のことも分かる。
「じゃあ、必要なときだけ頼む?」
「それがいい」
「お店に支障が出ない範囲で?」
「はい」
「店側の了承も取る」
「はい」
「報酬も決める」
「はい」
決めることが増えた。
でも今度は嫌じゃない。
決める理由が分かったから。
◇
「副業ですね」
「何?」
「あ」
また。
「お店を続けながら、別の仕事もすること」
「便利な言葉だね」
「でしょう?」
この世界でも使えばいいのに。
いや、私が広めればいいのか。
……今はいい。
だってやることが増える。
ノラさんには仕立屋さんを辞めてもらわない。
必要なときに、デザインが必要な案件だけ、力を借りる。
それなら私も嬉しい。
ノラさんも新しい仕事ができる。
オスカーさんの店も困らない。
ちゃんとお金も払う。
これ、いいじゃん。
◇
話が終わる頃には、最初に持ってきた紙がまた文字だらけになっていた。
でもすっきりした。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
「ロイさん」
「何?」
「私、ロイさんと話すの好きです」
一瞬、ロイさんが止まった。
「…………そう?」
「はい」
何で止まったんだろう。
私は続ける。
「考えてたことが、ちゃんと形になるから」
「ああ」
ロイさんが少しだけ笑った。
「それならよかった」
「一人だと、また『まあいい』って飛ばしそうなので」
「そこは飛ばさないで」
「今回で学びました」
「本当に?」
「たぶん」
「エレナ嬢」
笑われた。
でも、本当に話しやすい。
私が頭の中に散らかしているものが
この人と話すと
一つずつ
置く場所が決まる。
やっぱり面白い。
◇
帰宅して最初にやったのは、セシリアさんへの連絡だった。
今回の相談料。
新しいドレスの費用。
仕立て。
材料。
先に伝える。
ノラさんの仕事についてもオスカーさんに相談する。
順番大事。
「お嬢様」
ローラが横から見ている。
「何?」
「今日は、先に決めていらっしゃるのですね」
「学習したから」
「素晴らしいです」
何か褒め方が子どもっぽい。
まあいい。
うん。
これはまあいいでいい。




