第11話 身体を服に合わせなくていい
仕事としてやる。
そう決めてから、相談の受け方もちゃんと考えた。
好きなもの。
嫌いなもの。
どう見られたいか。
今、何に困っているか。
最初に話を聞いて、それから本人を見る。
必要ならルカや仕立屋さんにも相談する。
まだ完璧ではないけれど、少なくとも「何となく似合いそうだからこれ」ではなくなった。
そして今日、私は初めてのクライアントを迎えていた。
セシリア・ハワードさん。
二十二歳。
第一印象は、落ち着いた人だった。
髪も装いもきちんとしているし、話し方も上品。好きな色を聞けば、紺、深い緑、白。
好きな服は、装飾の少ない、すっきりとしたもの。
「華やかなものがお嫌いなんですか?」
「嫌いというわけではないのです。ただ……自分で着るなら、もう少し落ち着いたものが好きで」
「なるほど」
私は紙に書いていく。
紺。
深緑。
白。
すっきり。
上品。
装飾少なめ。
かなり好みがはっきりしている。
だったら話は早そう。
そう思ったのだけれど。
「ただ」
セシリアさんが少し言いにくそうに続けた。
「そういう服は、私には似合わないらしくて」
「どうしてですか?」
「身体つきが……」
言葉が止まる。
私は続きを待った。
「上半身に厚みがありますし、胸も目立つので。すっきりした服を着ると、余計に身体が大きく見えると言われるんです」
なるほど。
今着ているドレスを見る。
胸元にはたっぷりとしたフリル。
高い位置で切り替えられたウエスト。
肩にも少し膨らみがある。
全体的に、「隠す」ための装飾が多い。
でも、隠せていない。
むしろ、上半身に情報が集中している。
「だから最近は、こういうものを勧められることが多くて」
セシリアさんが胸元のフリルに触れる。
「華やかにした方が、身体が目立たないと」
私はもう一度見る。
うーん。
むしろ目立ってる。
ただし、ここで「胸が大きいですね」とか「上半身に厚みがありますね」と分析結果をそのまま口にするのは違う。
本人がそこを気にしているなら、わざわざ私まで評価する必要はない。
問題は身体ではない。
服だ。
「セシリアさん」
「はい」
「今のお洋服が、セシリアさんの身体に合っていないだけだと思います」
セシリアさんが顔を上げた。
「……服が?」
「はい」
身体を服に合わせなくていい。
服をセシリアさんに合わせればいい。
「身体を隠そうとして、ここに飾りが増えていますよね」
私は自分の胸元を指す。
「でも、そのせいで視線が全部ここに集まってしまっています」
「あ……」
「それに、セシリアさんがお好きなのは、もっとすっきりした服でしょう?」
「はい」
「だったら、そっちを諦める必要はないと思います」
セシリアさんが、少し戸惑ったように私を見る。
「でも、似合わないのでは……」
「まだ分かりません」
「え?」
「今まで着たすっきりした服が、セシリアさんに合っていなかっただけかもしれないので」
この世界の服は、ある程度流行の型が決まっている。
同じような高いウエスト。
同じような広がり。
同じような装飾。
既製品ではないとはいえ、仕立屋さんも基本はその型をベースに作る。
だったら型そのものを変えればいい。
◇
仕立屋さんへ行った。
お兄様の服をお願いした店だ。
最近は私が何度も来るので、向こうも少し慣れてきたらしい。
「今度はどのようなものを?」
仕立屋――オスカーさんが聞く。
「すっきりしたドレスです」
「それでしたら、いくつか型がございますが」
「たぶん、その型だと駄目です」
「……はい?」
また困らせた。
ごめんなさい。
でも、私はセシリアさんを見る。
胸元に余計な装飾を置かない。
首元は開きすぎず、詰めすぎず。
身体の線を全部拾う必要はないけれど、布を余らせて膨らませるのも違う。
ウエストも、無理に高くしすぎない方がよさそう。
縦の線を綺麗に見せたい。
「こういう感じで」
紙に描く。
「…………」
自分で描いて思った。
ひどい。
何これ。
人?
ドレス?
オスカーさんも黙っている。
セシリアさんも黙っている。
「……絵は得意じゃないんです」
「そのようですね」
オスカーさん、率直。
「言葉で説明します」
私は必死に伝える。
ここをすっきり。
ここは落とす。
ここは広げすぎない。
布が身体から離れすぎない。
でも、ぴったりもしすぎない。
「つまり、この辺りを――」
「こういうことでしょうか」
横から、小さな声がした。
振り返ると店の奥にいた若い女性が、紙に何かを描いていた。
私と同じくらいか、少し上だろうか。
控えめな雰囲気の人。
オスカーさんが眉を上げる。
「ノラ?」
「すみません。お話が聞こえてしまって」
彼女がこちらへ来て、紙を差し出す。
見る。
「…………」
これ。
「それ!!!!」
全員が少し驚いた。
しまった。
声、大きかった。
でも、
「これです。まさにこれ!」
私が描いた謎の物体とは違う。
私が言葉で説明していたものが。
ちゃんと服になっている。
余計な装飾はない。
胸元から腰までの線が綺麗に落ちている。
腰位置も不自然に高くない。
裾は必要な分だけ広がっている。
「天才です」
「え?」
「天才」
ノラさんが目を丸くする。
「いえ、私はただ、お話を聞いて描いただけで……」
「それがすごいんです」
私が言ったものを。
ちゃんと見える形にした。
これが欲しかった。
「ノラは、注文の整理や型の修正図を描いているんです」
オスカーさんが説明する。
「自分で考えて描くこともありますが」
「完璧です」
ノラさんを見る。
「一緒に考えてもらえませんか?」
「私が?」
「はい」
だって、私にはこれが必要だ。
頭の中にはある。
言葉にもできる。
でも、絵にできない。
ノラさんはできる。
「面白そうです」
少し考えてから、ノラさんが言った。
その顔がちょっとだけ嬉しそうだった。
◇
生地は、深い紺にした。
セシリアさんが好きな色。
装飾は最小限。
布そのものの質を活かす。
「本当に、こんなに何もつけなくていいのでしょうか」
セシリアさんが聞いた。
「いいと思います」
むしろその方が綺麗。
「セシリアさんが好きな服にしましょう」
私は笑う。
「身体を服に合わせなくていいんです。服を、セシリアさんに合わせましょう」
セシリアさんが少しだけ笑った。
◇
帰宅して満足しながら、私はローラに今日の出来事を話した。
「ノラさんが本当にすごくて」
「まあ」
「私が説明したら、すぐ描いてくれたの。あれは絶対一緒に仕事してもらった方がいいと思う」
「また増えそうですね」
「うん」
「それで、お嬢様」
「何?」
ローラが少し考えてから聞く。
「今回のお代は、いくらになるのでしょう?」
「…………」
「お嬢様?」
私は止まった。
相談。
デザイン。
ルカではないけれど、今後ノラさんにも頼みたい。
オスカーさんには仕立てをお願いする。
生地代。
服代。
私の時間。
「…………」
決めてない。
まずい。
「まあいい。それはあとで――」
言いかけて、何となくロイさんの顔が浮かんだ。
たぶん怒られる。
いや、怒られるというよりあの顔をする。
『エレナ嬢』って少し呆れた顔。
「……ローラ」
「はい」
「ロイさんに連絡します」
「承知しました」
完全に分かっていた顔で返された。




