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蓮の月 —愛する人を遺そうとした尼・貞心尼—  作者: 細川 雅堂
第二章 剪

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第五話 二つの筆

文机の上に、これまでに交わした歌の反故が、幾重にも積み上げられていた。


初めて相見えた日に詠み交わした歌――


 君にかく あい見ることの うれしさも まだ覚めやらぬ 夢かとぞ思ふ


誠のその一首に対し、和尚が返した歌。


 夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語るも夢も それがまにまに


その一葉を手に取るたび、誠の胸には、あの日の秋の陽射しと、和尚の声の抑揚までもが、鮮やかに蘇ってくる。


編纂の作業は、誠にとって、この上ない喜びであった。

自らの歌と和尚の歌とを一つの帖面に並べ、贈答の順に綴っていく。それは単なる書写ではなく、二人だけの対話を、もう一度この手で紡ぎ直すような営みだった。


 向かひゐて 千代も八千代も 見てしがな 空ゆく月の こと問はずとも


自らの筆でその一首を書きつけながら、誠はふと、筆先を止めた。

この歌を詠んだ夜、和尚と語り明かした月明かりの庭の冷たさが、指先によみがえるようだった。


隣に、和尚からの返し――


 心さえ 変わらざりせば 這う蔦の 絶えず向かはん 千代も八千代も


――を並べて書き記す。


誠の歌と、和尚の歌。

それらが今、誠の握る「一本の筆」から次々と紡ぎ出され、一枚の紙の上で寄り添っていく。誠の言葉と、和尚の言葉とが、まさに一つの息遣いとなって、隙間なく重なり合っていく。


その光景に、誠は名状しがたい陶酔を覚えた。


(ここでなら、和尚様と私は、いつまでも語り合っていられる)


生前、和尚と交わした言葉の数々は、いずれ薄れ、忘れられていく定めにある。

だが、こうして帖面に綴ってしまえば――和尚の言葉を、私がこの手でなぞり直してしまえば――それはもう、決して消えることのない、二人だけの時間になる。


誠は新たな一葉を広げ、次の歌を選び出す作業に戻った。

灯火の芯が時折はぜる音だけが、静かな部屋に響いていた。


その手の動きに、迷いは微塵もなかった。


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