第二話 手まりの波紋
閻魔堂の暮らしに、五年の歳月が流れた。
村人たちの噂は、もはや誠にとって何の刺激ももたらさなくなっていた。
「姉さ庵主」という物語は、あまりに手に馴染みすぎて、演じることすら億劫になるほど、日常の一部に溶け込んでいたのである。
(誰も、見てはいない)
托鉢の道すがら、ふとそんな思いが胸をよぎることが増えていた。
村人たちは彼女の悲しみを消費こそすれ、その奥にあるものを本当に見ようとはしない。噂はいつも表面をなぞるだけで、彼女という器の深さには決して届かない。
その空虚さに、誠自身、名をつけられずにいた。
その年の秋、島崎の木村家に、一人の老僧が身を寄せているという噂を耳にした。
良寛。
飄々と村々を歩き、子供らと手まりをついて戯れるかと思えば、書に向かえば何人も及ばぬ境地を示すという。欲もなく、名利もなく、ただ在るがままに在る――そう語られるその人物の噂を聞いた時、誠の胸に兆したのは、憧憬でも同情でもなかった。
(その眼は、何を見るのだろう)
村人の目とは違う目。物語の表層だけをなぞらない目。
もしその老僧が、自分という器を――型どおりの「悲劇の尼僧」の奥にあるものまでも見透かすとしたら。
その夜、誠は文机に向かい、一つの手まりを縫い上げた。絹糸をきつく、きつく引き絞る指先に、微かな熱が宿る。そこに一首の歌を添えた。
これぞこの 仏の道に 遊びつつ つくや尽きせぬ 御法なるらむ
(私を見なさい、和尚様)
筆を置いた誠の胸の奥に、甘い痺れが広がっていく。
長らく空いていた舞台の暗がりに、ようやく望みうる「たった一人の観客」を見出した者の、密やかで毒を帯びた昂ぶりであった。
だが、島崎の庵を訪ねたその日、和尚は留守であった。寺泊の密蔵院に仮寓しているという。誠は手まりと歌を木村家の者に託し、島崎を後にした。
会えなかったことへの落胆よりも、誠の胸には別の感情が疼いていた。姿を見せぬ相手にこそ、自分の物語を最も鮮やかに届けられるのではないか、という――ほの暗い期待である。
数日後、良寛が庵に戻ったという報せとともに、返歌が届いた。
つきてみよ 一二三四五六七 八九の十とおさめて――
歌を見た誠は、思わず息を呑んだ。手まりをつく童のような無邪気さの奥に、すべてを見透かした者だけが持つ、底知れぬ静けさが滲んでいたからである。
拒まれたのでも、迎えられたのでもない。
ただ、あるがままに、受け止められていた。
その静けさに、誠の胸の奥で、何かが小さく波紋を立てた。




