第十三話 朱筆の作法
蔵雲が集めてきた反故は、思いのほか多岐にわたっていた。
弟子たちの覚え書き、村人から聞き取った逸話、和尚が戯れに認めた落書きめいた一枚まで。誠はそれらを一つ一つ、丁寧に読み解いていった。
「これは……」
誠の筆先が、ある一葉の上で止まった。
托鉢の途中、川に落ちて泥まみれになった和尚が、通りかかった童らに大笑いされたという逸話であった。
誠は、迷わず朱を入れた。
「蔵雲殿。これは、収めぬ方がよろしいでしょう」
「しかし、これも良寛様の御姿には違いなく――」
「泥にまみれ、童に笑われる姿を、後の世の者が読んで、何を思いましょうか。和尚様の御徳を、正しく伝えるためにこそ、選ぶべきものと、そうでないものとがございます」
誠の声には、揺るぎがなかった。
蔵雲はしばらく誠の朱筆の動きを見つめていたが、やがて小さくうなずき、その一葉を脇へと除けた。
作業は幾日にもわたって続いた。
誠の朱は、次から次へと反故の上に走った。俗な失敗談。老いを嘆く弱音めいた一句。人間らしい戸惑いの滲む走り書き――そのどれもが、誠の筆によって静かに、しかし確実に、選から外されていく。
蔵雲は、時折わずかに眉を寄せることはあっても、誠の判断に異を唱えることはなかった。誠の、和尚への近しさに、一目置いているようであった。
ある夜、誠が一葉に朱を入れ終え、それを蔵雲へと差し出した時のことである。
蔵雲はその紙を受け取ろうとして、ふと手を止めた。
自らの指先を、じっと見つめている。
灯りに照らされたその指は、微かに強張っているように見えた。
誠が怪訝に思い、声をかけようとした矢先、蔵雲は小さく首を振り、何事もなかったかのように紙を受け取った。
「……いえ。何でもございませぬ」
誠は、それ以上は問わなかった。
再び文机に向かい、次の一葉を手に取る。
朱筆を握る誠の指先には、迷いの色は微塵もなかった。
灯芯が、また一つ、小さく爆ぜた。




