第十二話 もう一人の編集者
静里を見送ってから、三年の月日が流れた。
その間、誠のもとを積極的に訪れる者は少なく、庵にはいつもより静かな時間が流れていた。誠は変わらず勤行と歌作りに明け暮れながらも、あの秋の日に沈んだ思いを、誰に語ることもなく、ただ一人、抱え続けていた。
慶応元年。
あの霙の夜から、すでに三十四年の歳月が流れていた。
誠――貞心尼はすでに六十七を数え、髪も白く薄くなっていたが、日々の勤行と歌作りだけは、片時も欠かすことがなかった。
『蓮の露』は、今なお誠の手元で、静かに輝きを保ち続けている。
その年の秋、一人の僧が誠の庵を訪ねてきた。
「龍海院の蔵雲と申します」
深々と頭を下げたその僧は、誠よりいくらか若く見えたが、すでに相応の年輪を刻んだ顔立ちをしていた。
挨拶もそこそこに、蔵雲は懐から一束の反故を取り出し、畳の上に丁寧に広げた。
「良寛様の御詩偈を、一冊の書として世に問いたいと考えております。すでに諸方より歌や詩を集めておりますが……いかんせん、それがしのごとき者では、良寛様の御心の深きところまでは、なかなか汲み取りかねます」
蔵雲の言葉には、切実な響きがあった。
良寛の名を後の世に正しく伝えたい――その願いは、誠の胸にも覚えのあるものだった。
「貞心尼様には、ぜひとも御力添えを賜りたく」
誠は、しばらく黙って蔵雲の顔を見つめていた。
それから、静かに口を開いた。
「蔵雲殿。お引き受けいたしましょう。ただし――」
「はい」
「俗人や、和尚様を知らぬ者が書いたものは、かえって御徳を損なうもの。誰の手を経た詩偈であろうと、私の目を通していただきます。それがよろしければ」
蔵雲は一瞬、その言葉の重みを測るように誠を見返したが、すぐに深く頭を下げた。
「有り難きお言葉にございます」
誠は、蔵雲が広げた反故の一枚を手に取った。
見覚えのある筆致――だが記憶の中の和尚とは、どこか異なる線の運び。誠の指先が、無意識のうちにその紙面を撫でていた。
(また、この手で)
その思いに、誠自身、深く立ち止まることはなかった。
ただ、久方ぶりに和尚の言葉と向き合えるという喜びだけが、静かに胸を満たしていた。
蔵雲は反故を一枚ずつ丁寧に束ね直した。
その手つきだけが、不思議なほど慎重だった。




