第十一話 友、逝く
文久二年の秋、誠のもとに、静里の訃報が届いた。
誠は、しばらくその報せを、うまく飲み込めずにいた。
静里とは、あの『蓮の露』を編んでいた頃からの付き合いである。
誠の歌を誰よりも読み、誰よりも案じ、誠の暮らしそのものを、幾度となく支えてくれた人であった。
(あの方まで――)
和尚を見送ってから、すでに三十年を超える歳月が流れている。
その間、誠のそばで変わらずにいてくれたのは、静里ただ一人であったように思う。
歌を通わせ、暮らしを支えられ、ときに叱られ、ときに笑い合った。
和尚とは違う形で、しかし確かに、誠の日々を支え続けてくれた人であった。
誠は文机に向かい、筆を執った。
だが、いつものように滑らかには動かない。指先が、幾度も止まった。
しばらくして、誠はようやく一首を書きつけた。
此たびは いざともいわで 死出の山 ひとりこゆらん 友なしにして
死出の山を、独りで越えていかれるのか。
誰に伴われることもなく。そう思うと、誠の目から、堪えきれぬものがこぼれた。
もう一首、続けて記す。
身もやがて あとおいゆきて 極楽の はちすの花も ともにながめん
やがて自分もその後を追い、あの人と共に、極楽の蓮の花を眺めることになるだろう――そう詠みながら、誠はふと、自分の言葉の中に「蓮」の一字があることに気がついた。
かつて静里が名づけてくれた、あの一帖の題である。
筆を置いた誠は、静まり返った庵をぐるりと見渡した。
焼け出された誠のために、静里が中心となって建ててくれた、この庵――柱の一本、畳の目の一つに至るまで、あの人の心遣いが染み込んでいないところはない。
この文机も、この灯りも、すべてあの人が。
誠の胸の内では、いくつもの思いが、ほどけぬまま絡まり合っていた。
友を悼む純粋な悲しみ。もう二度と、あの気安さで歌を交わせないという寂しさ。
そして、その悲しみの底に、誠自身にもまだ言葉を与えられずにいる、ある種の焦りにも似た感覚が、静かに頭をもたげていた。
和尚の言葉を知る者は、もはや世に数えるほどしかいない。
静里もまた、その一人であった。誠はその事実を、悲しみとして抱きながら、同時にどこか、自分の肩にのしかかってくる重みとしても感じていた。
(もう、私しか)
その言葉が、悲しみから生まれたものなのか、それとも別の何かから生まれたものなのか、誠自身にも判然としなかった。ただ、それらが一つに混ざり合ったまま、誠の中に沈んでいくのを、誠は、なすすべもなく見つめているしかなかった。
秋の夕暮れが、誠の座す部屋に、静かに影を落としていた。




