第84話 龐家の祝席〈1〉
「水鏡先生、本日は我家の粗宴によくおいでくださいました。皆様もどうぞお楽に」
音頭をとる主催青年が、司馬徽と一同に向かい杯を促した。
「折り悪しく当家の桃花も杏花も既に散り終わってしまい、庭飾りが乏しくて、なんとも申し訳ございません」
司馬徽がゆったりと郎笑する。
「いやいや。肌に心地よい気温に爽やかな風。一年で今が一番身に心地良い時期というもの。そして御母堂の御快癒祝いとは、何よりの話。……好々」
建安四年が明け、やっと春を迎えたと思っていたものが、気付けばもう三月。来月は夏初月になる。
「御母堂様のご快癒、おめでとうございます」
邸の奥まった広間に設えられた宴場で、一同は勧められた祝いの爵を上げた。
この日招待を受けた司馬徽には、門下生三名が従っている。
徐福、広元、そして珖明。主賓は司馬徽であるが、門下の彼らも、招待主から名指しで招待を受けた身である。
最初の杯を一気に飲み干した主催青年は、広元達に向き、屈託なき喜顔を見せた。
「お互い五体満足で再会出来たこと、この上ない喜びでする、広元どの、珖明どの。……元直兄とは、さらにお久しく」
小柄な青年の、縮毛に燻み色の痘痕肌。やや癖を含めた歓迎口調。
広元は懐かしさを込め、莞爾と笑みを返す。
「こうして襄陽で再びお会いできるとは。まこと至福の至りです、龐士元どの」
そう。本日の招待主である青年は、二年半前、広元がはるばる居巣まで足労して捜しあてた、あの龐統、字・士元である。
一同が集っているのは、襄陽城東門からほど近い龐家邸。
襄陽屈指の名家と言われるだけあって、派手さを控えた邸構えはなかなか重厚だ。
ただこの日はごく内輪の会とのことで、宴は奥まった落ち着きある広間にて、控えめに始められていた。
広元は龐統に改めて姿勢を正した。
「居巣での出立時には、大変なお気遣いを頂きました。まさか襄陽に戻ってこられていたとは……真っ先に御礼に伺わねばならぬところを、お詫びします」
龐統が襄陽に戻って来ていることを広元が人づてに知ったのは、つい最近の話だ。
「いや、こちらも先ずは母の看病があったから、戻りを外には知らせずにいたので。……と言っても、寄々、漏れていたようですな」
龐統の声が明るいのは、母親の病状が回復しているからであろう。
広元の隣に坐す徐福は、久方会う友に懐かしげな目顔をあてる。
「それにしても、今回はずいぶんと長旅であったな、士元。様々吸収して、だいぶん大きくなったか」
ここに会している、年端に大差は無い司馬徽門下生中では、徐福がほんのわずか年長である。
「はっは、どうですかな。まだまだ何も身についておらぬ状態ではありましたが。しかし『母が重病』と知らされては、いくら放蕩息子でも、子らしい務めを果たさねばなりますまい」
龐統は頸に手を当て、歯を見せる。
居巣での折、広元達と共に荊州へ戻る事を望まなかった龐統のこたびの帰郷は、母親の体調悪化の報を、(何らかの方法で)受けたことが理由のようだった。
その母親の快気祝いとして、龐統捜しの関係者であった司馬懿、広元、珖明を招いての小宴である。
主旨からすると徐福は部外者と言えるが、彼は司馬徽が潁川にいた頃からの古参門徒で、今や司馬懿の全面信頼を受ける高弟となっている。
加え、剣客士でもある彼の同行は、いわば司馬徽の護衛といった立ち位置であった。
この祝いの場には、龐統の父をはじめ、龐統のすぐ下の弟・龐林、また特別に、龐統の母も同席している。
「士元がここにいてくれますのも、まこと、水鏡先生と広元どの、珖明どののおかげです」
中年に差し掛かる龐家夫人は、終始しみじみと笑みを浮かべ、繰り返し礼を語る。
「居巣にいるとやっとわかったというのに、『江水を渡るかもしれない』との士元からの便りを読んだときは、肝を冷やしましたものです」
夫人の言葉に、広元が首を垂れる。
「そのことは……士元どのの返信内容をわたしが存じ上げておらずで。御母堂様のご心痛を軽減出来なかったこと、申し訳なく思っております」
詫びつつも、広元は夫人の穏やかな態度に、胸内で安堵の息をついている。
居巣から戻った際の龐家への報告において、広元は、龐統と周瑜の関係性についての見解、及び自分達が江東へ誘われた話は伝えなかった。
龐統について不確かな推測を語ることは出来ぬし、必要なことは、預かってきた龐統の文に記されているだろう、と考えたのだ。
今日の様な場を迎えるにあたり、どこまで話して良いものかと気に掛けていたのだが、龐家の人々といくらか会話をしたところで、
―――― 居巣での諸々は、充分既知してくださっているようだな。
と受け取った。
龐家側に壁がないと確認できた広元は、自身がどうしても知りたかった士元の〈その後〉について、一応の気遣いをしながら、本人にたずねた。
「士元どの、その……あの後は、会稽に行かれたと思っていました」
状況から、龐統は周瑜に伴って孫策の許へ行ったのだ、と決め込んでいたのだが、今、襄陽に帰ってきているということは、実際にはどうだったのであろう?
「ああ、会稽には行ったのですよ。魯子敬(魯粛)どのも共にね」
酒を口に運びながら、龐統はさらりと答える。
「例の江東の若覇王にも目見えました。なるほどたしかに、巷説に違わぬ方でありましたな」
それほど特段なことでもない、といった調子。
『江東の若覇王』とは、もちろん孫策のことである。
「孫公は周公瑾(周瑜)どのをよほど待ちわびていたようで。到着早々、中郎将の位に兵、騎馬、それに楽隊まで贈与するという歓迎ぶりでしたよ」
「へえ……楽隊を」
周瑜の名が出たそこで、広元はちらと、隣の珖明を一見した。
江東話にもこれといった反応を見せず、飲めぬ酒の代わりに出された、龐統の江東土産だと言う荼湯の注がれた杅(湯飲み)を、口に運んでいる。
以前と比すれば、かなり饒舌になったと言える珖明だが、ここでは例によってとでもいうべきか、主催側へ短い挨拶を述べて以降、ひと言も発していない。
相変わらず無風下の水面のような相貌を保ち、皆の話題には特に興味深そうでもなく、かといってつまらなそうでもなかった。
―――― まあ、無粋態度ってわけじゃないんだが。
龐一家の出揃ったせっかくの祝い席なのだ。
その容姿に見合う愛想を、龐統家族にほんの少しくらい見せてやってはくれないものかなと、心持ち願ってしまう広元であった。
<次回〜 第85話「龐家の祝席〈2〉」>




