↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ少女の交渉戦記  作者: 春夢 秋信
第2章 初仕事
PR
8/9

08話 最初の試練

 はるか昔、ネッビオーロ大帝国では領主間の争いが止まず、血で血を洗う泥沼の戦争が繰り返されていた。

 事態を憂慮した当時の大帝は、ネッビオーロ家の軍事力だけでは争いを収められないと考え、調停機関としてひとつの組織を創設した。


 それが国土統一省だった。


 ネッビオーロ大帝国の帝都にあって、官庁街でひときわ輝く5階建ての庁舎。

 白レンガのその建物は、「白鳥」という呼び名で親しまれている。


 百年続いた内紛を収めると、しばらく平和な時代が続いた。

 国土統一省の功績を忘れ、一時は解体論まで出たほどだ。

 しかし、今度は近隣諸国を巻き込んだ大規模な戦争が始まった。後世に名高い「酒とバラ戦争」だ。

 

 圧倒的軍事力を持つネッビオーロ大帝国は戦争を優位に進め、各国に対して有利な条件で終戦協定を結んだ。

 戦後、このような戦争を事前に防ぐため、国土統一省は対外的な交渉も任されるようになった。

 

 国土統一省・交渉部・対内交渉課第2係。

 フランの配属先は、かつて領主同士の戦争を調停した栄光のある、国土統一省の……窓際部署だった。

 花形は専ら近隣諸国と渡り合う「対外交渉課」であり、帝国内の問題を扱う「対内交渉課」は平和な時代には閑職となっていた。


 ある朝、対内交渉課の課長補佐、ボトリティス・シネレアの机の前に3人が立っていた。

 ひとりは係長のリース・リング。栗毛色の長い髪を束ねて、シネレアを尊敬のまなざしで見つめている。

 もうひとりは主査のマル・ベック。大きな図体に髭で覆われた顔、それでいて心は誰よりも乙女。

 そして、入省して間もない新人、カベルネ・フラン。


 シネレアは書類から目を上げた。戦場を経験した者特有の、光のない座った眼をしていた。

 彼女は寡黙な人だった。右袖が中身のないままゆらりと垂れている。

 かつて「万人殺し」と呼ばれた剣士の面影は、今なお健在だった。


「セレーノ峡谷の件で調停依頼があった」


 それだけ言うと、彼女は書類をリースに寄こした。


「アマロ家とヴェルデ家の徴税権争い、ついにきましたね」リースが言った。「去年くらいから話には聞いていましたが、まさかまだ解決してないとは」


「リース」


「はい!」


「この件はリースに任せる。マルのほかに、サブとして新人も連れて行きなさい」


「し、新人もですか? 別に私とマルだけでも十分だと思いますが……」


「経験を積ませるにはちょうどいいだろう」


 そう言われて、リースはすこし不服そうな表情を浮かべた。

 それを察してか、シネレアは少し優しい表情で、諭すようにして言った。


「リースなら新人の面倒もみれるだろう。任せたぞ」


「はい!」


リースは、期待されたのが嬉しかったのか、元気に返事をした。犬だったらしっぽをブンブンと振っているところだった。


フランは、このふたりのやりとりを見て、そろそろ事情がわかってきたところだった。わかったが、触れないほうがいい。


シネレアは、フランをまっすぐ見た。


「フラン」


「は、はい!」


「念のために断っておくが、我々は裁判所ではない」


「……はい」


「どちらが正しいか決める権限はない。両者が納得すること、それを第一と心得ろ」


初任務を迎える新人への訓戒としては、あまりにも淡白なものだった。


* * *


「セレーノ峡谷って急に有名になったのよね」


 リースは馬車に揺られながら、事前資料をペラペラとめくっている。

 もうひとりの先輩であるマル・ベックは、馭者として手綱を握っていた。


「私は飲まないから知らなかったんだけど、昔からワインの名産地だったらしくて。ただ、知る人ぞ知るって感じのマニア向けの場所らしいの」


 フランも同じく資料をめくっていたが、用語が難しくて一度には理解できない。

 そこで、リースにかいつまんで教えてもらっていた。


「ところがいきなり有名になった。なぜだと思う?」


 質問を受けたフランは慌てて該当箇所を探す。

 ところが、そこまでの情報は書いていなかった。


「まあいいわ。理由は『新道』よ」


 リースが添付の地図を指差す。

 去年の始めに帝国の一大事業として開通した、国道3号だった。


「資料には書いてないけど、他の情報も考慮してよくよく観察すること。資料だけに頼ると敵に足を掬われるよ」


 はい、とフランは返事をしたが、内心理不尽だと思っていた。


「新道ができる前、セレーノ峡谷のワインは荷馬車で山を越えていたの。大量に運べないから、帝都に届くのはほんの数本だった」


「……それと新道がどう関係するんでしょうか」


「安全・安心・最短ルート。荷運びの理想を全部新道が叶えてくれた。大量輸送が可能となって、年の税収は100万から1000万になった」


「10倍……!?」


「税が10倍になれば、峡谷に興味がなかった領主も気づくでしょ。峡谷を挟んで隣り合う両家が全面的な支配を主張し始めたの」


 リースは資料を指さした。領主たちの主な主張の箇所だった。


「アマロ侯爵家は、醸造家への技術支援や金銭面での援助をしてきたの。だから、侯爵家が徴税すべきって言っててね」


「たしかにそうですけど、その主張なら全面的に指示されそうですが……」


「それがね、ヴェルデ男爵家はブドウの作付けを指導してきたの。質のいいブドウが採れるようになったのは、ヴェルデ家が面倒を見てきたことも関係している」


「それで、両家とも徴税権を主張しだしたんですね」


「厄介なことに、ヴェルデ男爵は新道の関所の管理も任されていてね」リースはため息をついた。「通行料を10倍にするって脅しているのよ。新酒の出荷を控えてるってのに」


「それは困りますね」


「もうお互い引けないのよ。プライド同士のぶつかりあい、どう収めるか悩みどころね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。