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第8話

「な、何が……」


 上半身と下半身を真っ二つにされ吹き飛ばされたミシマは、最初何が起こったのかわからなかった。

 ランスが行ったことは単純明快であった。中段に回し蹴りを放っただけである。だがミシマの動体視力を持ってすら、その動きは初動すら捉えられなかった。

 ミシマの体を一瞬の抵抗もなく両断したランスの蹴りは、その風圧で両断した上半身を15メートル先の壁にめり込ませたのだ。


「でゅ、でゅふふふ、それでも。それでもぉ」


 ミシマの腰のあたりで切り離された断面から、凄まじい速度で下半身が再生していく。もはやそれは、再生というより新しい下半身が生えだしてきたかのような、尋常ではない再生速度だった。

 ミシマが地面に降りた時にはもはや傷一つなかった。


「僕はぁ、僕は絶対に負けないんだよお。だって僕は無限に再生す」


 ミシマが言い終わる前に。


 ランスの姿が消えた。


 同時にミシマの右腕が吹き飛ぶ。


「なっ!!」


 驚愕するミシマ。いつの間にかランスが目の前に迫っていたのである。

 ランスは言う。


「一つ、お前は当たり前のことを失念している」


 ランスが右の拳を振りかぶる。


「無いんだよ。『無限』なんてものは存在しない」


 ランスの右ストレートがミシマの左胸に炸裂した。

 いや、もはや命中箇所など論ずるだけ無駄というものだろう。

 何せ、直接打撃の当たった個所を中心に、ミシマの体のほとんどが一瞬にしてミンチと化して砕け散ったからである。

 両足首から先、右腕の肘から先、そして頭蓋の上半分を残し、床と壁と天井のシミと化したミシマは、それでも一秒もしないうちに再生する。


「デュフフウフフフフフウ、無駄無駄無駄~!!」


 そうは言いつつ内心では戦慄する。


(それにしても、狂った威力でしゅね……今の一撃で10回分は死んだよお)


 その時。

 ミシマはたった今自分が思ったことに、違和感を覚えた。

 一撃で10回分は死んだ?

 何をもって自分は今それを思ったのか。


「……まさか」


 そして、その意味とランスの狙いに気づく。


(まさか、まさか)


 その間にも、ランスは容赦なくミシマに襲い掛かる。

 左のローキック。しかし、ローキックとは名ばかりで、両足どころか衝撃波で肩から上以外がミンチにされて吹き飛ばされてしまう。

 ミシマの体感で言うなら今度は『8回ほど死んだ』。


(まさか、コイツは……)


 ランスは言う。


「この世に存在するあらゆる魔法、あらゆるスキルは必ず魔力を必要とする。そして、強力な能力であるほど必要とする魔力量が多いのもまた必然」


(僕の魔力を削り切るつもなのかあああああああああああああああああ!!)


 相手は魔力量がカンストしているミシマである。

 少なくとも1000や2000の再生で底を尽きるということはない。そもそもミシマに致命傷を与えることがどれほど困難なことかという話である。

しかも、通常魔力量というのは二日で全快まで回復するくらいの自然回復力があると言われている。その自然な魔力量の回復を上回る速度でミシマほどの強者殺し続けるというのだ。

 そんな、ふざけた可能性は切り捨てて論ずるべきだろう。ミシマは間違いなく不死なのだ。

 だが、目の前の男は。

 この怪物ランス・シンダーガードはその当然の理屈を真正面からねじ伏せる。

 ミシマが先ほど感じた10回死んだ。というような感覚は再生に必要な魔力が通常の致死ダメージの10倍必要だったということなのである。

 簡単に。非常に簡単に言ってしまえば。

 ランスの打撃は、たった一撃がミシマを複数回葬れるほどの威力なのだ。

 しかもそれを、この男は連続で放ってくる。


「死ぬなよミシマ。生きて、俺を倒せ。俺に弱さを教えてくれ。俺に涙を流させてくれ」


  ■■■


 ハジム村の村長たちが倒壊した教会を視察してから二日後。

 幼い少年ランスは。教会なき今、ハジム村の最も大きな建物となった村議会の会議場に、母親と共に呼び出されていた。


「アナタ自分が何をしたか分かっているんですか!!」


 件のガキ大将の母親、村一番の商人の家に嫁いだキツイ印象を受ける中年の女である、

 ランスは特に答えることもなく黙っていた。

 ギリギリとガキ大将の母親が歯ぎしりをする音が、ランスのところまで聞こえてくる。

 村長が慌てて落ち着かせようとする。


「ま、まあまあ、子供相手にそんなに怒鳴らなくても」


 証言者として立ち会っている神父も言う。


「そうですよ。それに今回の件は、おたくのお子さんの方から先に暴行を仕掛けたと」


「黙っていられるものですか!! ウチのダインちゃんはアレからショックで外に出たがらないんです!! とてもいい子なのに……この坊やに怖い思いをさせられたのね……もう外に出で楽しく遊ぶこともできないなんて可哀そうに……これからは私がついて守ってあげなくちゃ……」


 ガキ大将の母親は止まらない。

 矛先はランスの隣にいる、ランスの母親に向いた。


「アナタ、どう責任取るつもりですか!?」


 ランスの母親は快活そうな笑顔の似合う美人であった。歳はガキ大将の母親とそこまで変わらないはずだが、一回り以上若く見える。


「アナタの子供はにいったい何を教えてるんですか、こんな血も涙もないような暗くて何を考えているか分からないような」


 パシン。


 という音が会議場に響く。


「え……?」


 頬を抑えて呆然とするガキ大将の母親。

 叩いたのは、ランスの母親である。


「恥を知れ!!」


 ランスの母親は、そのたった一言でピシャリと場の空気を静謐なものに変えた。


「な……なにを」


「アナタ村長の話聞いてなかったの? アナタの子供が先導して暴行を加えたらしいじゃない。自分の息子がしでかしたことは棚に上げて、ひたすら相手の罪を追求する。アナタのそういうところを見てしまってるから、アナタの子供は積極的に他人を虐めて悦に浸ろうとするような子になったのよ!!」


 ランスの母親は普段の明るい笑顔から一変、刀剣のような鋭い目つきでガキ大将の母親を睨みつける。そして、発せられる言葉にも冷たい切れ味と力が感じられた。


「それから、さっき言った言葉。『もう外に出で楽しく遊ぶこともできないなんて可哀そうに……これからは私がついて守ってあげなくちゃ』ですって? アナタ自分の子供舐めてるの? 一回トラウマ作った程度のこと乗り越えられないと思ってるの? アタシはアンタの子供が可哀そうでならないわ。こんな、程度の低い人間に育てられるなんて」


「あ、あなたね……夫に言いつけて」


「この期に及んで、他人を盾にして脅迫とは見下げた根性ね。言っとくけどそれ無理よ。アンタの旦那から、アンタにお灸をすえるように言われてるもの」


「そ、そんな」


「今回だけじゃなくてあちこち問題が起こるたびに、旦那の名前出して自分の我儘通してるって評判よアナタ。いい加減、旦那の方も肩身が狭くなってるみたいだから、少しは自分の身を振り返りなさい」


 完全に言い負かされたガキ大将の母親は、口をパクパクとさせて赤くなるばかりであった。

 ランスの母親は、ふうと一息つくとまた笑顔に戻って言う。


「おバカさんの相手はもう十分みたいね。ランス帰りましょ」


 そう言ってランスの手を取る母親。

 ランスも小さくコクリと頷いた。

 ランスの母親は帰り際に、神父に聞く。


「教会の修理……って言うか立て直しの件、ホントに何も払わなくてもいいのかしら?」


「え、ええまあ。教会の破損時の費用は全て中央正教会が出すことに元々なっていますから、何より正式に賠償を訴えようとしても、5歳の子供に教会が全壊させられたなどと言っても裁判所からは、苦笑されてよい医者をを紹介されるだけです。私自身が未だに夢だったんじゃないかと疑ってるくらいですからね」


「そう、それはありがと。素敵だわ」


「まあ、新しく作り直したあと、その……ランス君を中に入れることは、できないかもしれませんが」


「まあ、仕方ないわね。代わりに私がお祈りに行かせてもらうわ」


「ええ、お待ちしております」


 神父は笑顔でそう言った。


 ランスと母親は帰り道を手をつないで歩く。


「アンタが強いってのは知ってたけど、ここまで強いとは思わなかったわねー」


 母親はケラケラと笑いながら、そう言った。

 自分の息子がバケモノじみた力を持っていると知っても、明るいこの態度はなかなかできるものではない。実際、村人たちはランスを避けるようになっていた。

 ランスが生まれてすぐ夫を失い、あまり、普通とは言えない息子を女手一人で育ててきた芯の強さは伊達ではない。


「でも、そんなに強いんじゃ、戦うのはよしておいた方がいいわねー」


「じゃあ相手にされるままになればいいの? 例えば僕を殺そうとしてきた時とか」


「ん? えーっとそうねえ。そういう時は反撃するのも仕方ないかもしれないわね」


「それに、もし僕が怒り狂って暴れたらどうしようって、皆言ってる」


「お母さんは心配してないわよ。ランスがホントは優しい子だって知ってるから」


 母親はそう言って、ランスの頭を撫でた。

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