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第9話

「ご……あっ……」


 ミシマ・カケルは膝を地面についた。

 膝を折って膝をついたのではなく、膝から下が消し飛んで地面についたのである。

 ついでに、その胴体には直径30cmの大穴が開いており、常人なら何がどうあっても即死である。

 もちろん、ミシマの固有能力はミシマの体を再生し始めるが、そのペースは戦いが始まったときに比べて遅い。

 尽きかけているのである。魔力が。

 生物の限界。

 カウントストップ。

 魔力値99999999のミシマの魔力が。

 一方、ランスは息一つ乱さない。ツカツカと無表情でミシマに歩み寄ってくる。


「はあ……ふざけんなぁ……ふざけんなよぉ……」


 ミシマはぜえぜえと息を切らし、半泣きになりながら言う。


「なんだよぉ、それはよぉ。こっちが何やっても全然ダメージ食らわないし、スピードは動いたのが全然見えないくらい早いし、パワーは軽く殴られただけで何回も即死する。ふざけんなよぉ……こんなの反則じゃねえかよぉ……」


 もはやそこに、先ほどまでの禍々しさは無かった。ただ泣き叫ぶだけの子供のようである。

 もっとも、今ミシマが言っているセリフは、今までミシマに虐殺されてきた者たちが口々に言っていたことなのだが。

 ミシマは歩み寄ってくる怪物を見る。

 その瞳の中は全てを塗りつぶす絶無の白。何かを見ているようで何も見ていない。

 ランスが拳を振りかぶる。


「あ……ああ……」


 ミシマの脳裏にある光景がフラッシュバックする。


 頭上から降り注いでくる大きな拳

 むせび泣く母

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫するミシマ。

 ランスの拳が容赦なく振り下ろされた。


 ズドン!!


 と、轟音と共に床がめくれ上がり、衝撃波が部屋中を駆け抜け全てのガラスを粉砕し、調度品その他部屋に置かれていたものが一瞬にして砕け散った。


「……」


 しかし、ランスの右手が突き刺さった先にミシマはいなかった。

 気配を感じてランスが振り向く。


 燃えるような赤い髪をした女が立っていた。


 女性的で豊かな肢体を純白のウェディングドレスに包み、大きな黒い首輪と目隠しをした妙齢の女である。ウエディングドレスとしては異様に短いスカート部分の下に見える、二―ソックスとガーターベルトが目に毒なほど煽情的だった。

 これほど異様な出で立ちにも関わらず、どこか存在感の希薄なその女は、気を失ったミシマを抱えていた。あの一瞬でミシマをランスの拳から逃がしたのだろう。

 ランスは女を見て言う。


「……強いなお前」


 目の前の存在に『強さ』と言うものを感じとる。

これは、ランスにとっては初めてのことだった。今まで様々な戦場を闊歩し、魔王軍をほぼ単身で滅ぼしておきながら初めてなのだ。つまり、目の前の女はランスの感覚で言えば、たった一人で魔王軍全戦力よりも遥かに強いということになる。


「お前は、俺を殺す気はあるか?」


 ランスの問いに対し、女は黙って首を横に振った。


「そうか、それは残念だ」


「……ワタシの名前は、エルノア」


 ウェディングドレスの女。エルノアは凛とした、それでいて静かで控えめな声でそう言った。


「ランス・シンダーガード様。いずれまた。次は、我が主からの招待状を持ってアナタの元に参ります」


 エルノアの周囲の空気が僅かに揺らめく。

 そして、まるで陽炎の様にミシマごとその場から消え去った。


「……」


 ランスは無言で数秒の間、エルノアがいた場所を見つめていたが。


「……主か、あれを従えているとは、どんな奴なんだ?」


 しかし、招待状とは何のことだろうか?

 そう呟きながら周囲を見回す。


「そう言えば、国王はどこに行った?」


 ランスの目が、部屋の端にある先ほどまで本棚があった位置で止まる。

 隠し通路である。地下に続いているのだ。

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