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第10話

「はあ、はあ、なぜ、なぜいつもワシは……」


 国王は息を切らしながら、自室の隠し通路の階段を下っていた。

 なぜ、自分ばかりがこんな目に?

 思えば自分の運命はマルストピア王家の長男として生まれた時から全て決まっていた。

 母親や教育係の次期国王としての英才教育、という名の虐待に近い猛勉強の日々。

 28の頃に先代が病に倒れ、晴れて国王になり解放されたかと思えば、今度は魔王軍が侵攻が始まった。

 圧倒的な魔王軍の強さを前に、互いに責任を擦り付け合う事しか考えない貴族たちを何とかまとめ上げ、国王自ら魔王軍と戦うことのできる勇者をスカウトして、苦心20年ようやく魔王軍を退け一息つくことができたのである。


「なのに……なのに……」


 階段を下りきると、頑丈そうな鉄製の扉が現れた。

 国王は懐から鍵を取り出し、部屋の奥にある鍵のついた扉を開けた。

 中に入ると、ガシャリと鍵を閉める。


 そこに広がっていたのは、先ほどの自室とは正反対のファンシーな空間だった。


 壁から床から天井に至るまでピンク一色。家具や小物もハートが書かれていたり赤い花がアクセントとしてついていたりとの少女趣味なものばかりである。

 そして、何より目を引くのが、部屋の中にいる足に錘のついた鎖を付けられた人々である。

 ほとんどが、幼い少女ばかりだった。

 服装は全員沢山のフリルがついたゴシックロリータ的、でありながら胸元や太ももの付け根など大事な部分の布がきわどくカットされているものを着ている。

 彼女たちは言ってしまえば国王のコレクションである。使用人として高い賃金で雇うという言葉で集められ、ここに大切に保管されているのだ。 


「はあ……はあ……ただいまぁ」


 息も絶え絶えにそう言った国王。 

 だが、性的なロリータファッションを身に着けた少女たちは皆虚ろな目をして俯いており、皆、王の方を見ようともしない。

 それでも、国王は少女たちの元に吸い寄せ有れるかのように歩み寄ると、まだ肉付きの薄い太ももに顔を埋めた。


「なあなあ、皆聞いておくれよ……」


 もちろん、少女たちに返事は無い。


「どいつもこいつも、自分の事ばっかりでさあ。誰も国全体のことなんて考えもしないで自分勝手やるんだよお。いったいだれが責任取ると思ってるんだよお、ふざけんなよお……」


 自分たちの膝元でさめざめと泣く国王。少女たちは何も言わない。

しかし、条件反射というかそういう風に調整されているのか、少女は移ろな目で見下ろしながらも、国王の頭を撫でた。


「ああ、ありがとう。ワシの可愛い恋人たち……。いつも痛めつけられてばかりのワシの心が癒され」


 ドゴオオオオオ!!


 と、入り口の分厚い金属製のドアが吹っ飛んだ。


「……ああ、ここに繋がってたのか」


 現れたのはもちろん、破壊の怪物。ランス・シンダーガードである。


「それにしても、さっきまでとは正反対の部屋だな。いったい何が目的で――」


「入るなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 国王の怒声が響いた。

 ランスが部屋に足を踏み入れようとした瞬間のことであった。

 とはいえ、すでに踏み出してしまった足である。止まることなく、一歩踏み入れてしまう。


 パアン!!


 と言う乾いた音が響いて、ランスの後ろの壁に穴が開いた。


「ぜえ、ぜえ……入るなと……言っておるだろうが」


 国王が手に持った黒光りする物体。

 ミシマ・カケルが見れば驚くことだろう。

 ニューナンブM60。リボルバー式の拳銃である。

 ミシマたちがいた世界の武器を、なぜ国王が持っているのか?

 もちろん、この世界で生まれ育ったランスにはそんな疑問は浮かばず、何でもないかのように国王の方に歩み寄っていく。


「来るな……」


 国王は引き金を引く。

 再び乾いた発砲音。だが、銃弾は外れた。


「出ていけ……」


 何度も何度も引き金を引く。しかし、まともな構え方も知らず、震える手で打つ球は見当違いの方向に跳んでいき、ランスに当たる気配すらしない。

 やがて、引き金を引くたびにカチカチと空虚な音が鳴るばかりになる。

 玉切れである。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 国王は銃を捨てると、ランスに体当たりする。

 もちろん、食らったランスはビクともしない。それでも必死に泣きじゃくりながらランスを部屋の外に押し戻そうとする国王。


「国もぉ、兵たちの命も二の次だぁ!! この部屋だけは汚すことは絶対に許さない!! この部屋はぁ!! ワシの唯一で全てなんだ!! 国王ではない、本当のワシの……」


 はち切れんばかりの声を上げて国王は叫ぶ。


「怪物め!! 貴様に……ワシの何が分かる!! 何が分かると」


「そうだ。俺には分からない」


 ランスはそう言うと、国王の胸倉を掴み上げた。

 うぐぅ、と苦しそうに唸る国王。


「分からないんだ。なぜ、お前がこんな部屋を作るのか、なぜそこまで大切にするのか、まるで、サッパリ、これっぽっちも分からない」


 国王はランスに持ち上げられながらも、泣きじゃくり、暴れ、ランスに向かって怒りと憎悪を込めた言葉の数々を投げつける。そこに、国王としての姿は無かった。

 赤子のような、むき出しになった素の人間がいるばかりである。

 そんな国王を、白い瞳が上から覗き込んできた。


「ああ、それだよ。俺はそれが知りたい。悲しみが知りたい、怒りが知りたい、憎悪が知りたい、弱さが知りたい、心が知りたい……心を知って、涙を流したい」


「あ、ああ……」


 ランスの瞳の中にある虚無の光。覗き込むことすらできない無感情の純白。

 それを目の前に見せられた国王は、自らの体から力が抜けるのを感じた。

 それは、敵の体力を奪う魔法や能力によるものなどではなく、絶望によるものだった。

 この怪物は、我々とは明らかに違っている。

 意味がないと分かってしまった。こんな断絶したものに、いくら感情をぶつけても意味がないのだ。

 ランスが手を離すと、国王は力なく崩れ落ちた。

 その表情はもはや廃人のそれである。


「国王、お前は俺を殺す気は無なくなってしまったのか?」


 国王は答えない。ただ、呆然と何か意味のない言葉をブツブツと呟くばかりである。


「そうか……残念だ。また、負けるどころか全力すら出せなかったな」


 ランスはそう言って、部屋から出て行った。

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