第7話
ミシマの巨体が疾駆する。
「キルユウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
チェーンソーを大上段に振りかぶりランスに向けて振り下ろす。
動作は乱暴で大ぶりながら、常人なら何もできずに真っ二つに両断されてしまうほどの素早い動き。
しかし、ランスにとっては隙だらけ以外の何物でもない。
一瞬で懐に潜り込むと、右の拳をミシマのたるんだ腹に叩きこむ。
ベキベキと骨が砕ける音と共に、ミシマの体がくの字に折れ曲がる。
しかし。
「痛いじゃないかぁ、仲良くしようよぉ!!!」
ミシマはチェーンソーを振り下ろす。その動きで自らの背骨がさらに激しく破損するがやはり気にも留めない。
間一髪のところで腕を引き抜き、チェーンソーを回避するランス。
しかし、ミシマの身体能力は人類の極限、化け物じみている。
何とミシマは、ランスの動きを見て振り下ろしたチェーンソーの軌道を強引に途中で変えたのだ。
驚くべき反射速度である。
「ふっ!」
だが、ランスの身体能力はミシマを上回る『計測不能』。完全に虚を突かれ死角から襲いかかってきた斬撃に対して、後方へ大きくバク転して、十分な余裕をもって回避した。
ミシマのチェーンソーは勢いそのままに柱に命中。
刃の一つ一つにダイアモンドの粉を接着させた特別製の刃は、凄まじい火花と煙を上げながら内部に金属の芯を通した直径二メートルの柱を両断した。
ミシマの世界と比べ原始的な武器しか存在しないこの世界においては、ありえない切断力である。
ランスは言う。
「いい武器だな。威力も高そうだ」
「デュフフフそうでしょぉ? 僕のいた世界じゃこれが快楽殺人犯の嗜みなんでしゅよぉ? 今から味合わせてあげるぅ」
ミシマの体が薄い布から大量の水が一斉にしみ出してくるかのような勢いで再生していた。
大した不死身っぷりである。背骨を途中から木っ端微塵にされてもまるで問題ならない。
再び大きくチェーンソーを振りかぶり、ランスに向けて走り出すミシマ。
「そのパターンはさっき見た」
ランスは再び振り上げたチェーンソーの下に潜り込むと、ミシマの胸に向けて突きを放つ。
命中。今度の拳は先ほどのものよりも遥かに威力が高かった、命中した左胸を軽く貫通し、心臓を完全に粉砕する。
しかし。
「つっかまーえた」
ミシマは笑いながら胸筋に力を籠める。すると、筋肉が締まりランスの右腕を締め付けて動けなくする。人にさしたナイフが抜けないのと同じ原理である。
当然、貫通した穴から噴水のように血液が噴出するが、これもどこ吹く風といった様子である。不死ゆえの、ダメージを完全無視したデタラメな戦い方だった。
「はい、プレゼントぉ!」
ミシマのチェーンソーがランスの脳天に襲いかかる。
左腕を突き出してその一撃を受けとめるランス。
ランスの体は無敵という言葉がふさわしいほどの頑強さである。薄皮一枚とてミシマの腕力で大剣を振り下ろさなければ傷をつけることもできない。
しかし、此度襲いかかるのは、秒間1000回転のダイアモンド粉をまぶした刃たち。それらがランスの体を食い破らんと襲いかかる。
ランスは驚いたのか、僅かに眉を動かす。
今までにない武器の威力だけではない、それ以上にチェーンソーが消えないことに驚いていた。
ランスの固有能力はあらゆる魔法を本人の意思に関係なくオートで消滅させる。ではなぜ、この男の武器は消えないのか?
「デュウフフフフフフフフフフフ!!」
笑い声と共に、ミシマがチェーンソーに力を込めた。
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「英雄、ランス・シンダーガードとの思い出で一番印象に残ってることですかぁ?」
当時の国王軍第7部隊一等兵はこれまで見てきた戦場でのランスを思い浮かべた後、おもむろに語りだした。
「ある日、ランス・シンダーガードが単身で魔王軍の中隊を全滅させて血まみれで国王軍の本陣へ帰ってきたんです。当然私を含めて皆驚きましたよ。噂に聞いてはいましたけど、一騎当千とはまさにこのことだとね。だが、驚いたのはその後ですよ。私が戦いで付いた汚れを落とそうと川に水浴びに行ったんですけど、彼が先に川で体を洗っていたんですね。まあ、赤いペンキを頭から被ったんじゃないかってくらい血まみれでしたから。で、血をすっかり洗い流さた彼の体、どうだったと思います?」
一等兵は震える声で言う。
「綺麗だったんですよ。いやいや、そっちの趣味はないです。傷一つ無かったってことなんですよ。恐ろしいことですよ。ランス・シンダーガードは毎日のように魔王軍と戦っているんですから。それに彼は回復能力を持っているわけでもなく、回復魔法は固有能力で打ち消してしまうんです……そうです、恐らくですが彼は、魔王軍との戦いにおいて一切の傷と言えるような傷を負っていなかったんです!!」
■■■
僅か。
僅か一滴だが血が流れていた。
先ほどのミシマの攻撃をガードしたランスの左腕から。
その左腕を見つめるランス。
「デュウフフフフフフフフフフフ。血を流すなんていつ以来だって顔してましゅねー。いいよぉ、もっとそういう顔見せてよぉ」
ミシマは呆れたように肩をすくめて続ける。
「それにしても、これでそれしかダメージ受けないとかホント馬鹿みたいに頑丈でしゅわぁ。まあ、いくら丈夫だろうが僕には関係ないけどぉ。防御力がいくら高かろうが、実質HP無限大の僕には勝ちようがないんだからねえ」
楽しそうに言うミシマは、先ほどランスに開けられた胸の大穴が凄まじい速度で再生していた。この固有能力は回復に関して一切の上限が無いのである。
絶対に死なない。絶対に敗北しない。ゆえにあらゆる戦いに勝つ。まさに反則能力である。
「さてさてぇ、どう料理しましゅかねぇ」
ミシマが右手を動かした。
すると、なぜかランスの体が動かなくなる。
ランスの体に、目を凝らさなければ見えないほど細い糸が巻き付いていた。
「極細のワイヤー。デュフフフフ、これもシリアルキラー御用達の一品ですなあ。そんなに自分の血が懐かしいならもっと流させてあげましゅよぉ。その無表情が恐怖にまみれるくらいまでねえ」
そう言って、チェーンソーを今までよりもさらに大きく振りかぶるミシマ。
ランスがボソリとつぶやいた。
「初めてだな」
「え?」
風を切る音が聞こえた気がした。
ミシマの体が上下に分かれ、壁にめり込んだ。
「……こっ、ぷっ!?」
「……ミシマだったか。さっき、俺に言ったな。『血を流すのはいつ以来だって顔をしている』と。初めてだ。俺は生まれて初めて自分の血を見た」
ランスは拳を握りながら言う。
「さあ、ゼロ番目の勇者。俺を倒せ。俺を倒して涙を流させてくれ」




