第5話
約20mの距離を挟んで両者は向かいあった。
その様子を見て、国王はゴクリと唾を飲む。
英雄 ランス・シンダーガード。
ゼロ番目の勇者 ミシマ・カケル。
どちらも、国王が知る限り圧倒的なまでに群を抜いて強いと言える生物である。
(できることなら、相打ちになって欲しいものじゃが……いや、それは叶わぬことか。あやつにはアレがある……)
最初に仕掛けたのはミシマの方だった。
地面を蹴り、目にもとまらぬ速さで加速。
その速度は人間が実現可能な極限の速度であった。
あっという間に距離を詰めると、ミシマは右手のエクスカリバーを大きく振りかぶる。
「じゃあ、死のうかぁ」
振り下ろされる大剣。その動きはアダムスのような技術や魔力操作を使わない力任せのものだったが、まるで軽量の模造刀を振り回しているかのような軽やかさだった。
ランスは体を僅かに横にずらし、その一撃を躱す。
エクスカリバーが床に激突、爆裂魔法のような轟音と共に床にクレーターが発生した。
「これが人間のステータスの極限……相変わらず恐ろしいパワーじゃ」
国王は冷や汗を流して呟そう呟いた。
国王が思い出すのは、彼がこの世界に初めてやって来た日のことである。
ステータスサーチャーという道具がある。遥か古代文明の時代の生物、古神龍の力が宿るという道具で、対象の体の一部を取り込むことによってその者の基礎ステータス情報を数値化して映し出す道具である。
国王は急にこちらの世界に連れてこられて困惑するミシマの髪の毛を一本、魔法で抜き取り、ステータスサーチャーにかけた。
そして驚愕する。
パワー、スピード、タフネス、魔力量、魔法操作能力の五項目で表される全ての数値が人間の成長限界値の99999999。すなわちカンストしていたのである。
これがどれほど恐ろしいことか。少なくとも人間に限った話で言えば、どれか一つのステータスですら限界値にたどり着くものは百年に一人現れるかどうかという話である。マルストピア王国初代国王、伝説の聖剣士アレクサンドロス・マルストピアですらスピードと魔法攻撃力の二つの数値だけが限界値に至ったという話だ。
家臣たちがミシマの見た目に不安感を示す中、国王は確信する。
勝てる、と。この男なら魔王軍の圧倒的有利を覆し我々に勝利をもたらすことができると。
もっとも、その期待は最悪の形で裏切られることになるのだが。
しかし、今この場に至っては頼もしいことこの上なかった。
「デュフフフフフフフ、加速強化、風の魔法『フォロウ・ウィンド』!!」
ミシマがその呪文を唱えると、先ほどを上回る速度で体を加速させる。一定時間、常に自らの背後に強力な追い風を発生させる上級魔法である。
暴風と共に部屋中を駆け回るミシマ。
もはやその姿は常人である国王には影すらとらえることができなかった。吹き飛ばされるいくつもの高級な調度品だけがミシマの存在を確認する方法である。
あの速度でエクスカリバーを持って突撃されたら、アダマンダイト製の大盾ですら容易く貫通してしまう。
しかし、敵であるランスはとくに表情を変えず、構えもせずに突っ立っているだけだった。
「さーて、ランスくーん。そろそろ、その無表情も見飽きたから歪ませてあげるよぉ?」
ミシマが部屋の中で最も丈夫な柱を蹴って、ランスに向けて剣を構え突進。上体にでも食らえば表情を歪ませるどころか、腰から上が吹き飛んでしまいそうな威力である。
しかも、高速の移動を生かして完全にランスの背後を取っている。
やったか?
国王がそう思った瞬間。
凄まじい速度で前進していたミシマとエクスカリバーの動きが止まった。
「ひょ?」
余りの出来事にポカンとするミシマ。
ランスは右手の親指と人差し指だけで、エクスカリバーの刃を挟み込んで止めてしまっているのである。
突進の威力は十分すぎるものだったはずである。事実、受け止めたランスの足元に大きなヒビが入っている。
「そ、そうじゃった……」
国王は自分の短慮に歯噛みする。
ミシマが怪物なら、同じくランスも怪物。それも身体能力に関してだけなら、ミシマよりも確実に上を行く。
国王がランス・シンダーガードの存在を知り、勇者として城に迎え入れたその日。ミシマと同じようにランスの食べた果物の種から取った唾液を利用して、ステータスサーチャーを使った。
平均を遥かに下回ったのは魔法操作能力、訓練を受けない一般人の十分の一以下の僅か2という数値である。この数値では鍛えなければ初級魔法一つ使うことは出来ない。
しかし、残りの四項目で驚きの結果が出る。
パワー、スピード、タフネス、魔力量、全て『計測不能』。
カウントストップどころではない、『計測不能』とは生物としての成長限界を超えているという意味である。例えば先代の魔王などは魔力操作の項目において『計測不能』の数値を叩きしていたらしいが、これは本来、神格レベルの特別な種族の中でも最上位に位置する個体がぜいぜい一つの項目でたどりつける領域であり、人間が出せる数値ではない。
そもそも、本来摂理の上で生物の限界だからこその99999999でのカウントストップである。
しかし、ランスは四項目において『計測不能』。魔力量に関しては魔力操作の能力が低すぎて無用の長物と化しているようだが、身体能力に関する三項目で全て人間の限界を超えてしまっているのである。
ミシマが『極限』であるならば、ランスは『異常』。そんなランスにとって、背後から高速で襲いかかる切っ先を振り向きざまに二本の指で受け止めるなど造作もないことなのだろう。
「真剣白刃取りとかぁ、かっこよくってぇ殺したくなるなあ!!」
ミシマは剣から左手を放し、ランスに向ける。
「焼却せよ。白夜の閃光。最上位光魔法」
「それはダメじゃ。ミシマ!!」
最上位魔法にふさわしい凶悪な光が周囲を白く塗り潰し、飲み込んだ相手を焼却する完全消滅魔法がランスに襲いかかる……
直前でまるで最初から存在しなかったかのように消滅してしまう。
今日一番の驚きの表情を見せるミシマ。
国王が震える声で言う。
「『完全魔法耐性』。自らに触れたありとあらゆる魔法を、完全に打ち消す究極の固有能力……ミシマの最大火力すら通じぬというのか」
「ちょっ、なんなんだよぉ、そのチート!?」
「おい、ミシマ・カケルとやら……死ぬなよ。耐えて反撃して来い」
ランスが剣を取った二本の指に力を籠める。
すると、ミシマの体が軽々と持ち上がった。桁違いという言葉がふさわしい恐るべき膂力。高重量の大剣とそれを持つ大柄なミシマが、まるで軽い棒きれとその先に付いた羽虫のようである。
ランスは剣の先を二本の指で持ったまま振り上げ。
凄まじい勢いで床に叩きつけた。
もはや人間を石造りの床に叩きつけた音ではなかった。
轟音と共にミシマが先ほど剣を打ち下ろした時の三倍近く巨大なクレーターが発生する。
「ごっ、あっ!!」
余りの衝撃に、肺の空気を根こそぎ吐き出すミシマ。
ランスは手を止めない。ミシマが手を放したエクスカリバーを宙に投げて柄の方に持ち替え、仰向けに倒れるミシマの心臓に容赦なく突き刺した。
「ぐぶっ……」
ミシマの口元から大量の血液が流れ出る。もはやその量は図るまでもなく致死量。周囲には体の面積の数倍もの血だまりが広がった。
「……お前でも、ダメか」
ランスは床に横たわるミシマの姿を見てそう言った。
「なあ、国王。お前はどうなんだ?」
そう言って、ゆっくりと国王に歩み寄るランス。
「やはり、お前は……」
国王は恐怖に歯をガチガチと鳴らしながら、目の前に迫ったランス・シンダーガードという怪物。
……の後ろに向かって言う。
「やはり、お前は死なぬのか。ミシマ・カケル!!」
ありえない事だった。
体に穴が開き、全身の3分の2はいっているであろう量の出血をしたのだ。
だがランスの後ろには、しっかりとした足取りで立ってエクスカリバーを振りかぶったミシマ・カケルがいた。
ランスが振り向こうとするが、今度は間に合わなかった。
「さぁ、苦しむ顔、見せてよぉ」
ミシマの剛腕によって加速されたエクスカリバーの刃が、ランスの首筋を捕らえた。




