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第4話


『ゼロ番目の勇者』、ミシマ・カケル。


 彼がこの世界に現れたのは今から約五年前。

 圧倒的力を持つ魔王軍にじわじわと、しかし確実に追い詰め始められてきたマルストピア王国は、国王の判断である起死回生の一手をうった。

 王国七宝具の中でも秘宝中の秘宝、絶対禁忌宝具『次元の水鏡』の使用である。

 この世界と別の世界。二つの空間をつなぎ、異世界の住人を呼び寄せるこの魔法道具。

 かつて使用した折にやってきた人物が恐ろしい災厄を世界にもたらしたとして禁じられていた。

 だが、そんな事には構っていられなかった。魔王軍はもう目と鼻の先。災厄だろうが何だろうが、どの道何もしなければこの国は滅びるのだ。

 そうして呼び出され、『勇者』という称号を始めて与えられた異世界の人間、それがミシマ・カケルである。

 不健康そうな肥えた体や、品性のかけらも感じさせない言葉遣いや立ち振る舞いに顔をしかめるものは多かった。なにせ、この男。向こうの世界ではいわゆる引きこもりというものだったらしく、十代前半からまともに外に出たことがないというのである。そんなミシマに疑問を持つものは多かった。騎士団長アダムスも彼に勇者の称号を与えることに苦言を呈した一人である。

 しかし、それらの声はすぐにかき消されることになる。

 圧勝に次ぐ圧勝。ミシマ・カケルは反則じみた強さで、王国目前にまで迫っていた魔王軍をたった一人で、ほんの一週間で魔界領土まで押し戻してしまったのである。

 国王や騎士団長アダムスを始めとして、王国の人間は皆歓喜してミシマ・カケルを称えた。

 君が来てくれて助かった、古臭い言い伝えなど信じなくてよかった、君こそ真の勇者、我らの救世主だ、と。

 貴族たちは次々に自分の娘をミシマに紹介し始める。後に功績を買われ、確実に上にのし上がるであろう男との繋がりを作っておくためである。

 ミシマが戦果の報酬として手に入れた屋敷に何人もの貴族の娘たちが淫靡な香りの香水と煌びやかなドレスを身にまとい、自分を売り込みに向かった。


 そして、悲劇が幕を開ける。


 まず最初に、ミシマの屋敷に出向いたはずの三人の貴族の娘たちが行方不明になった。

 それを皮切りに王都内で連続失踪事件が起きるようになる。主に若い女性ばかり、被害者はたった数か月で千人を超え、捜索に出向いた兵士たちは皆無残な姿で城内の庭に放り棄てられた。

 国王を始めとする関係者の疑いの目は、ミシマに向けられることになる。それもそのはず、彼の屋敷に向かった貴族の娘の失踪事件はこの間にも五回以上発生していたのである。

 騎士団長アダムスはミシマが魔王軍との戦闘に赴いている最中に、部下を連れて自宅を捜索した。

 そこにあったのは、この世の邪悪をかき集めたような光景だった。

 四肢を無残に切り刻まれ、押しつぶされ、でありながら頭部だけは空間固定魔法で新鮮なままにオブジェとして保存された被害者たちの死体が、騎士団長アダムス達を出迎えたのである。

 すぐさま騎士団長アダムスはこのことを国王に報告。

 国王は苦心の末、彼の処理を決定した。貴重な戦力を失うことになるとはいえ、これを放置しておけばいずれ国中の女がグロテスクなオブジェにされ国は内側から崩壊してしまう。

 国王はミシマを食事に誘い。ダークヒドラの毒を盛って動きを封じた上で、強力な封印魔法を何重にもかけて地下牢に幽閉したのである。

 その場に立ち会った騎士団長アダムスは、ミシマの言った言葉をはっきりと覚えている。

 体の動きを封じられたミシマに対して国王が問うた。

 なぜこんなことを? 一体何が君をここまでさせたのだ? 我々は皆君に心から感謝していた、君の成果に対して最大の賞賛をし、出来うる限りの報酬を与えたのに何が不満だったか?

 それに対して、ミシマはこの世界に来たときから変わらない薄気味悪い笑顔と、沼のような耳障りの悪い声音でこう言った。


「退屈だったんだよぉ。ネットが繋がってなくてぇ、ゲームも漫画もアニメもピザも炭酸飲料もないこんな世界連れてこられてさぁ。そんなのもう、か弱い女の子をいたぶって、嬲って、恥ずかしめて、殺しちゃう以外ないじゃないかぁ。刺激がぁ、刺激が足りないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 伝承は正しかった。

 絶対禁忌宝具の呼び出した異世界の住人は、まごうことなき災厄だったのである。


   ■■■


 その災厄が、今、騎士団長アダムスの前で笑っている。

 ダメだ。この男だけは、この世界に存在してはいけない。

 騎士団長アダムスは動かぬはずの体を無理やり動かして立ちあがる。


「あきれるなぁ、何でその怪我で立ちあがれるんでしゅかねぇ」


 ミシマの言う通りである。今の自分は本来なら指一本動かす力も残っていない。


「……貴様には分かるまい、欲望のままに生きる貴様にはな。死にかけているから、体が動かないほど壊されているから、そんなものは些細な言い訳にすぎん」


 動くか、動かないかではない。

 動かすのである。自分の中にある全てを振り絞って、果たすべき義務のために。

 エクスカリバーを地面に突き立て、大声で唱える。


「『制御障壁解放(リミットイレイズ)』!!」


「これは……」


 騎士団長アダムスの全身から可視化できるほどの大量の魔力が溢れだしていた。


「魔力は筋力と同じで常にリミッターがかかっている。100パーセントの出力を出してしまったら体自体がもたないからだ」


「なるほどねぇ。その危険だから出せないようになってる力を無理やり使って、動かない体全体に『バースト』をかけているわけですかぁ。無茶しますねぇ……死んじゃいますよぉ?」


 騎士団長アダムスは血の滴る唇をニヤリと歪めて言う。


「本望!!」


 地面を蹴り、駆け出す。


「なっ!」


 驚愕するミシマ。

 先ほどのような流麗でしなやかな動きとは真逆。加速のために蹴った床が砕けるほどの力強い加速で敵に迫っていく。解放した100パーセントの魔力で強化した身体能力は、もはや人間の域を超えていた。

 しかし、その代償も大きい。

 全身の肉と骨が悲鳴を上げ激痛が襲いかかる。

 だが、それでも騎士団長アダムスは足を止めない。

 加速を殺さぬままエクスカリバーを一度大きく空振りする。


「食らえ、災厄の化物!」


 その空振りした勢いのまま1回転。膨大な遠心力が大剣に宿る。

 柔の剣『剣舞』とは真逆、強化した腕力で豪快に叩きつける剛の剣『壊撃(かいげき)』であ


 ガシッッ!! と、その剛剣の動きが止まった。


「ねえ、ねえ、忘れちゃったのぉ?」


 エクスカリバーを止めたのは何と素手。ミシマは渾身の一撃を造作もないように右手一本で受け止めてしまったのである。


「僕はぁ、無敵に強いから勇者だったんだよぉ?」


 ギリギリとミシマの力に押し返されるエクスカリバー。

 しかし、騎士団長アダムスは笑った。


「知っているさ。お前が私よりも遥かに強いことも、それが、どうあがいても埋められぬ差であることも。だがな、それでも、私は騎士団長だ……この国を守る剣なのだ!!」


 痛みの中で思い出すのは、国王との思い出である。

 国を守る強くて高潔な戦士の姿に憧れ、辺境の田舎から単身騎士団の門をたたいたアダムス。しかし、実力主義を謳う騎士団においても貴族社会の序列というものは蔓延っていた。

 下級貴族の中でも底辺ともいえるアダムスは志願して数日でそのことを理解する。

 高い素質を持つアダムスに対する上級貴族の御曹司たちのいじめ、それを見て見ぬふりをする教官たち。

 なぜ、こんなくだらないことをするのか。ここには腕を磨き国を守ろうとする者が集まっているのではなかったのか?

 ある日、集団戦の模擬演習の最中に公然として行われたアダムスに対するリンチ。

アダムスの武器は御曹司たちの息のかかった教官から渡された魔力を通す加工のされていない模造刀。最高品質の魔力剣を持った者に集団で襲いかかられ、なすすべなく打ち据えられていた。

 そんなときである。国王がアダムスの前に現れたのは。

 制止する教官たちを尻目に、模擬戦の会場に入ってきた国王は、床に倒れ伏すアダムスにこう言った。


「よく鍛えられた剣筋じゃな。君がこの中で一番この国のために強くなりたいと願っているのが分かる。君の剣がこの国のために振るわれる時を、ワシは楽しみに待っているぞ、初等生アダムス・アルトリウスくんや」


 一介の、それも下級貴族出身の訓練生に対する、国王の異例の言葉だった。

 あの言葉があったからここまで頑張れた。この方のために強くなろう。そう思えたから下らぬ足の引っ張り合いにも負けずに自分を磨き続けることができた。

 騎士団長アダムスは両手にさらなる力を籠める。


「ぬっ? ど、どこにこんな力が!?」


 少しずつではあるが、ミシマの腕が押し返されていく。

 騎士団になって国王の姿を間近で見るようになってから、さらにその思いは強くなる。

 常に国のためを思い、身を削って働き続ける国王の姿。この人は本当に国のことを第一に思っているのだと思い知った。

 ならば、私は剣になろう。国を守るための、決して折れることない鋼の剣に。 


「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 咆哮。

 と、共に騎士団長アダムスの剣が、ミシマの右腕を切り飛ばした。


「ぐっ!?」


 出血と痛みで怯むミシマ。

 その隙をこの男は見逃さない。


「はあっ!!」


 大上段から袈裟に振り下ろしたエクスカリバーの一撃が、ミシマの胴体と下肢を切り離した

 

     □□□


「はあ、はあ……」


 国王は息を切らしながら長い廊下を走っていた。

 そして、ようやくマルストピア城最深部にある国王の自室の前にたどり着く。

 紺色を基調としたカーペットが敷かれ、名工たちによる調度品が荘厳で落ち着いた雰囲気を醸し出すレイアウトである。

 国王が自室の空気に一息ついた次の瞬間。


 ゴオッ!!! っと。


 不意に轟音が響き、国王の自室と隠し部屋を仕切る壁に大穴が開いた。

 そこに現れる怪物。


「なあ、国王。もう少しマシな兵士はいないのか?」


 五体を破壊されつくした兵士を何人も両手に引きずる血まみれの男。ランス・シンダーガードである。


「ひいっ!!!」


 歳不相応な甲高い悲鳴を上げる国王。


「なあ、国王よ。あんたの兵士たちはどうしようもなく弱かった。だが、あんた自身はどうなんだ?」


 勝てるわけがない。

 国王という立場はあるものの、自分などただの運動不足の中年である。


「一つの国のトップであるあんたなら、もしかしたら俺を」


「やあやあやあ王様ぁ。久しぶりですなぁデュフフフフフ」


 そこに救い、というには禍々しすぎるかもしれないが、ともかく状況を打破できそうな者が現れた。


「ミシマか、久しぶりじゃのう」


 国王はミシマが左手に引きずっている者を見て悲痛そうに目を伏せた。


「アダムス……」


 見るも無残な死体となった騎士団長アダムスであった。恐らくここに来るまでに戦ったのだろう。もっとも、ミシマは服が破けているだけで無傷だったが。

 彼の所有物であるエクスカリバーはミシマの右手に握られていた。


「ああ、この子がランスくんかぁ。うわぁ、怖い顔してるなあ。それに真っ白だねえ、アルビノってやつかなあ? ねえねえ、国王さーん。僕に頼んだ以上は分かってるんでしょぉ?」


「ああ……毎月二十人の選りすぐりの美少女をお前に差し出す。ピザやタンサンインリョウとやらの開発にも国を挙げて取り組もう」


「デュフフフフ、話が分かって助かるなあ。ランスくーん。そういうわけだから、殺しちゃうねぇ?」


 舌なめずりををしながら、ゆっくりと向かってくるミシマにランスは言う。


「ああ、そうしてくれ。お前ならもしかしたら俺を……」  


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