第3話
マルストピア王国城の地下に極秘裏に作られた牢獄があることを知る者は少ない。
オリハルコン製の鉄格子、多重にも張り巡らされた最高レベルの結界は、そのままそこに封じ込められている者の危険性を表していた。
国王からの命令を受け、薄暗い地下牢にやってきた女兵士は震える声で言う。
「ミシマ・カケル。アナタを釈放することになったわ」
「……ふーん。いいのぉ? 僕は捕まえられたときから全然変わってないけどぉ?」
中から聞こえてきたのは、ぬめりとした耳障りの悪い声だった。
「ただし、一つだけ条件があるわ。今、城の中ではランス・シンダーガードという一人の男が王の命を狙って暴れまわっている」
「ああ、僕はそいつを殺せばいいんだねぇ? いいよお、約束するよぉ。だから早く開けてよぉ」
女兵士はその言葉を聞いて、一度ごくりとつばを飲み込むと入口にある溝に鍵をはめ込んだ。 すると、ガシャンという開錠の音と共に、多重に張り巡らされていた結界が消え去る。
次の瞬間。轟音とともに牢の金属格子が内側から爆ぜた。
「キャア!!」
その衝撃に煽られ、床を転がる女兵士。
そして中から現れた男。だらしなく脂肪を蓄えた大柄の体、全身にうっすらと浮かぶ脂汗。見るからに不摂生そうな青年だった。
この男こそ『ゼロ番目の勇者』ミシマ・カケルである。
「五年ぶりかなあ。ああ、この僕が外出を喜ぶなんて、ママは考えもしなかったろうなあ」
「くっ……ミシマ。早くランスを倒しに」
「分かってるってぇ。んー、でもぉ、ちょっとその前にぃ」
ミシマはそのヒグマのように巨大な手で女兵士の胸倉を掴んで、自分の目の前まで持ち上げる。
「……ちょっとつまみ食いしちゃお。もう我慢できないんだぁ」
「ヒッ!?」
女兵士の絶叫が地下に木霊した。
□□□
『エクスカリバー』
王国最強の剣士のみが持つことを許された聖王七つ宝具の一つである。
この世に三体しかいない第六等精霊の一体、閃光の精霊ユーグストピアの祝福を受けた聖剣であり、所有者にもたらされる攻撃性能はあらゆる装備の中でも群を抜いて一番である。欠点としては、大ぶりな上に豪奢な装飾が施されており重量がかなりあること。そのため、最も攻撃力の高い装備でありながら、最も所有者を選ぶ装備でもあった。
そして、当代のエクスカリバーの所有者。王立国王直下護衛魔道剣士団(通称、騎士団)の団長、当代最強の剣士と言われる男、騎士団長アダムス・アルトリウス。
下級貴族出身ながら30歳にして実力で団長にまで登りつめた猛者である。ランス以外で唯一魔王軍と渡り合い、大幹部の一人を打倒したのが彼だった。
巷では国民たちがこんな話題で盛り上がっている。
英雄ランス・シンダーガードと騎士団長アダムス・アルトリウスはどちらが強いのか?
今、その問いに答えが出ようとしていた。
騎士団長アダムスはエクスカリバーを下段に構える。
「英雄、ランス・シンダーガードよ。私は君に恨みはない……だが、ここで、散ってもらおう」
「それは、ありがたいな」
ランスはまるで騎士団長アダムスを招き入れようとするかのように両手を広げた。
「ぜひそうしてくれ、そうすればきっと俺は……」
騎士団長アダムスが動いた。
彼の持つエクスカリバーは高重量の大剣。にもかかわらず、まるでその重みを感じさせないかのように流麗な動きで床の上を疾駆し剣を振りかぶる。
この驚くほど洗練された動きの秘密は魔力操作の基礎中の基礎である『ブースト』によるものである。体内に魔力を高速で循環させ一時的に身体能力を向上させる『ブースト』。本来は一瞬だけ身体能力を向上させるだけだが、騎士団長アダムスはそのブーストの技術が卓越していた。体内に流れる魔力を精密に操作し、動きの中で必要な部分にだけ高濃度の魔力を宿してブーストをかけているのだ。それによって生まれる、高重量物を扱いながらも滑らか、かつしなやかな動き。
『剣舞』と呼ばれる彼の剣技であ
バキィ!!
という音と共に。騎士団長アダムスの体がくの字に折れ曲がり、強風に吹かれた落ち葉のように吹き飛んだ。
余りの勢いに空中を滑空し、壁に激突。そのまま魔力硬化レンガ製の壁にめり込む。
「ごっ……あ……」
食道から湧き上がってきた血液を、空気と一緒に吐き出す騎士団長アダムス。
見ると、ランスが右足を蹴り上げた姿勢になっていた。
(わ、私は、蹴られたの……か?)
矢の雨が降る戦場を生き抜いてきたアダムスの動体視力をもってしても、ランスの動きは全く見えなかった。
「まさか……これほど、とは」
「ダメだな、お前じゃ足りな過ぎる。国王にたどり着くまでにもう少しましな相手が現れるといいんだがな」
ランスは踵を返して部屋を出ていこうとする。
「くっ、ま、まて」
吐血しながらも、ランスを引き留めようとする騎士団長アダムス。
しかし、ランスは一切の興味を失ったと言わんばかりにその声を無視して、国王が出て行った扉から部屋を出て行った。
「くっ、そっ!」
騎士団長アダムスは何とかして体を動かそうとするが、ランスの一撃によってシェイクされた内臓と肉と骨が言う事を聞いてくれない。
そんな彼の耳に。
「おや? おやおやぁ、お久ぶりでひゅねぇ、騎士団長どのぉ」
昔聞いた不愉快な声音が聞こえてきた。
「お、お前は!」
騎士団長アダムスは驚愕して目を見開く。
「なぜ貴様が、ここに出てきている……ミシマ・カケル!」
「フヒヒヒヒ、そんな大きな声出さないでくださいってぇ。国王様の命令でぇ、悪い奴をやっつけに来たんでふよぉ」
「ま、まさか、国王はランスを倒すために貴様を解放したというのか!?」
冷や汗を流す騎士団長アダムス。
国王の判断は確かに理屈の上では正しいといわざるを得ない。
つい先ほど戦ったことで改めて理解した。ランス・シンダーガードは怪物だ。あの化物を倒すことができるのは、同じく化物であるこの男しかいまい。
そのことを深く理解した上で、騎士団長アダムスは国王の正気を疑った。
(ダメだ。他に手がないとしても、この男だけは外に出してはいけない……っ!)




