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第2話

 魔王軍との最後の戦いから一週間後。

 大陸最大の多種族国家、マルストピア王国。

 先刻、魔王を倒した勇者、ランス・シンダーガードはマルストピア城で食事に招待されていた。

 テーブルと豪華な料理をはさみ、マルストピア国王がランスに話かけている。


「いやはや、よくぞ魔王を倒してくれたよ」


 一方、ランスは淡々と料理を平らげながら答える。


「大した苦労をしたつもりないがな」


 国王は首を振って人がよさそうにしわを寄せてほほ笑んだ。


「だとしてもじゃよ。君がいなかったら我々は魔王軍に対して手も足も出なかった。というよりも実質君一人で魔王軍を撃ち倒したようなものじゃ。これで、この国も安泰だ。民たちも平和を心から喜んでおる。ありがとう……」


 深々と頭を下げる国王。


「君の働きに比べたらあまりにも少ないが、せめてもの感謝の証だ。受け取ってくれ」


 国王が手を叩くと、使用人たちが金貨を始めとしてあふれんばかりのレアメタル通貨が入った箱をいくつも持ってくる。

 ランスは食事の手を止めて、その中の一枚を手に取り眺める。


「話が違がったぞ国王」


「な、なんのことじゃ?」


「お前は俺に言った。魔王軍になら俺を倒せる相手がいるだろうと。ところが蓋を開けてみれば、七人の大幹部も二人の側近も魔王自身もまともに勝負になることすらなかった。今の口ぶりからすると、そうなることが分かっていて嘘をついたようだな」


「それは……」


 たじろぐ国王。目の前にいるのは正真正銘世界最強の生き物。この場で、襲いかかられたら自分など一瞬にしてねじ伏せられてしまうだろう。

 しかし、ランスは特に怒った様子もなく握っていた拳を皿の上で開いて言う。


「こんなものは要らないから、もっと強い奴を見つけてきてくれ」


 カランと目の前の取り皿に歪な形の金属球が落ちる。先ほどランスが持っていたレアメタル貨幣の無残な姿だった。

しかも、この世で最も固いと言われる鉱物で作られたオリハルコン貨幣である。

 ランスはそれを無造作に握り潰し、変形させてしまったのだ。


「……」


 沈黙する国王や従者、そして警護の兵士たち。

 ランスを最強たらしめている力、その一つがこの圧倒的な身体能力である。というより、ランスは魔法を一切使わずこのパワーに任せた物理攻撃だけで魔王軍の全ての敵を屠ったのだ。もはやそれは、人間がステータスを積み上げて成長するだけでは到底たどり着かない領域だった。

 国王は大きくため息をついた。


「お主は強いな。そして、強いがゆえに危険すぎる……」


 国王がそう言った途端、周囲に待機していた兵士たちが一斉に槍や杖を向けてランスを取り囲んだ。

 ランスは四方八方から武器を向けられている状態でありながら、表情一つ変えずに言う。


「いいのか? 俺のルールは知っているだろ?」


「ああ、知っているさ。そして、まともに戦えば君を倒すなど不可能だということも」


 そこで、国王は自らの懐をあさりだした。


「まともに戦えば、のう」


「ん?」


 国王は懐から黒い液体の入った小さなガラス瓶を取り出す。


「ダークヒドラの体液。たった一滴を井戸に垂らしただけで三日三晩全身の自由を奪う猛毒にしてしまう代物じゃ」


「……」


「景気よく平らげていたからのう。もう死んでもおかしくない量が回っているはずじゃが、さすがの頑丈さよ。じゃが、もう体は動くまい」


「……」


 手を止め沈黙するランス。


「この国を救い、民から英雄と呼ばれる君にこんなことをするのは心苦しいが……国王として、ふと思いついた気まぐれで国を亡ぼせてしまえるかもしれないほどの力を持った君を放置しておくわけにはいかんのだ」


 国王は本当に悲痛そうな面持ちでそう言った。

 国王は椅子から立ち上がると、部屋の出口の前に立って言う。


「さようなら勇者ランス。いや、英雄ランス・シンダーガードよ……君の墓標は誰よりも立派なものを用意させるよ」


 国王はそう言って部屋を出て行った。


     □□□


 国王が部屋から出て行ったのを確認すると、豪奢な紅の鎧を身にまとった壮年の男、騎士団長のアダムスは言う。


「なあ、英雄よ。無理な願いとは思うが恨むなら国王や国ではなく、直接手を下す我々を恨んではくれぬか。あの方は、一国を預かる身。本人の良心よりも優先されることがあるのだ……」


「……」


 沈黙するランス。

 騎士団長アダムスは小さく右手で祈りをささげた後、号令をかける。


「やれ! せめて苦しむことのないよう、容赦なく!」


 と同時に無防備なランスに対し、いくつもの凶器が襲いかかった。

 ソード、棍棒、槍、レイピア、サーベル。容赦なく降りおろされたそれらがランスの皮膚に到達する。

 と、思った次の瞬間。


 部屋の中を風圧の波が駆け抜けた。


 ランスを取り囲んだ十人の兵士たちの体がまとめて吹き飛ぶ。

 ある者は壁に叩きつけられ、ある者は窓から部屋の外に飛んで行った。

 風の魔法?

 否である。

 ランスがやったことは単純明快。自分を囲む兵士たちを右手で大きく振り払ったのである。

 ただそれだけだが、余りの威力ゆえに周囲の空気が凄まじい勢いでかき乱され、部屋中を吹き荒れたのだ。

 その威力もさることながら、それ以上に騎士団長アダムスは驚きを隠せなかった。


「な、なぜ動ける、ダークヒドラの毒は十分すぎるくらいに摂取したはず」


「ああ、あの隠し味な。ピリッとしていて悪く無かったぞ」


「なっ!?」


 自分を殺そうとして仕組んだ毒の話のはずだが、ランスは特に気にした様子もなく場違いなほど普段と変わらない口調でそう言った。


「おのれ、化け物め!!」


 兵士の一人、杖を持った魔法使いが呪文を唱える。


「無駄だリックス、やめろ!」


「うち抜け、精霊魔法『ライトニング・ボルティックス』!!」


 騎士団長アダムスの制止も届かず、杖の先から放たれた電撃がランスを襲う。

『ライトニング・ボルティックス』はランク5の強力な電撃魔法である。同時に多数の高レベルモンスターを葬り去ることができる。

 が。

 その強力な魔法はランスに触れた途端に消滅した。


「なん……だと?」


 唖然とする魔法使い。

 アダムズは言う。


「無駄だ。これがランス・シンダーガードの持つ固有能力。『完全魔法耐性(パーフェクト・アンチマジック)』。この男にはありとあらゆる魔法が効かないのだ」


「そんな……無茶苦茶な」


 魔法こそが最高の武器であるこの世界において反則とも言える能力の存在に、魔法使いは膝をつく。


「……それに加えてあの恐るべき身体能力。まともに戦って勝ち目はない」


「だから、毒薬で何とかしようとしたんだろうが。俺は毒も効かないみたいなんだよ。残念なことに」


 騎士団長アダムスは腰に下げていた剣を抜き放った。

 『エクスカリバー』。当代最強の剣士のみが持つことを許された聖剣。七つの王国法具の一つである。


「ここは私が引き受ける。お前たちは陛下の元へ、このことを一刻も早く陛下の元に報告するのだ!」


 ゆっくりと椅子から立ち上がるランス。


「さて、こうして攻撃もされたことだし……やるとするか。まあ、あまり期待はしないでおくがな」


   □□□


「くっ、馬鹿者め!!」


 ランスを打ち損じたことを兵士から聞いた国王は、通路いっぱいに響き渡るような声で叫んだ。


「申し訳ありません、しかし、用意した毒も全く効かず我々の手にはどうにも……」


 兵士は必死に言い分を述べるが、国王の耳には入っていなかった。


「奴は……」


「はい?」


「奴は基本的に自分から戦いを挑むことはしない。なぜなら、自分に一つだけ『自分を殺そうとしてきた相手としか戦わない』という厳格なルールを設けているからだ。逆に言えば、殺そうとしてきた相手は容赦なく叩き潰しに来るということじゃ」


 国王は顔を真っ青にして呟く。


「ミシマを地下牢から奴を解き放つのだ……」


 兵士はゴクリと唾をのんだ。


「ミシマをですか……? し、しかし、それは危険すぎます」


「魔王軍を実質単身で滅ぼした暴力の化身が今度は我々に襲いかかってくる。手段は選んでいられん。『ゼロ番目の勇者』ミシマ・カケルを使うしかない」


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