第23話
その時だった。内線の音が部屋中に鳴り響いた。ディスプレイに表示されたのは、非通知の番号。個別回線への外部からの電話だ。胸騒ぎを覚えながら通話ボタンを押すと、耳に届いたのは、聞き覚えのある、か細い声だった。
「……仁木、さん……?」
畠中さんだった。その声は恐怖に引きつり、今にも消えてしまいそうだった。
「どうしたんですか、大丈夫ですか」
「昨日は……経理部にまで来てくださって、ありがとうございました。私のために、あんな……」
声が感謝と罪悪感で震えている。俺が人事部から警告を受けた話が、もう彼女の耳にも届いてしまったのだろう。
「でも……もう、やめてください」
「え……?」
予期せぬ言葉に、俺は絶句した。
「仁木さんが、真相の深いところまで近づいているのを知って……あの人たち、躍起になって証拠の隠滅をはかるかもしれません。私……もう少しだったんです」
彼女が必死に嗚咽をこらえる気配が伝わってくる、全身の血が逆流するような感覚に襲われた。
「半年かかって不正会計のファイルを見つけました。でも……もういいんです。あなたを危険な目に遭わせるわけにはいきませんから」
彼女は俺を諭すように、しかし絶望を滲ませて言った。
危険だから、手を引け、と。
彼女の嗚咽が耳の奥で反響する。その声は、かつての俺自身。
脳裏に、夕梨花の絶望した顔が浮かぶ。
『あなたは考えてるだけで、何も行動しようとしないじゃない!』
違う。
「どうすればいいんですか、と聞くのはもうやめます」
俺は静かに、しかしはっきり告げた。
「俺が、どうしたいか、ですから」
電話の向こうで、彼女が息を呑むのが分かった。
「……仁木さん、だめです。お願いだから、何もしないで……」
その悲痛な声が、俺に残っていた最後の何かを粉々に砕いた。




