第22話
翌日、人事部長室に呼び出された。重厚なドアを開けると、そこには人事部長だけでなく、腕を組んだ木戸の姿もあった。
人事部長は、一切の感情を排した事務的な口調で、俺の行動を一つ一つ読み上げた。経理部フロアでの騒動、特定の従業員に対する詰問、さらに、会社の許可を得ない独自の調査活動。
「仁木さん、あなたの行為は、就業規則に著しく違反するものです。特に、あなたはEAPカウンセラーという専門職にある。その立場を利用し、従業員を心理的に追い詰めるような行為は、断じて許されるものではない。守秘義務の観点からも、極めて問題が大きいと言わざるを得ません」
彼は一枚の書類をテーブルの上に滑らせた。そこには「文書勧告」という、冷たい活字が印刷されていた。
「これは、我々からの最後の警告です。これ以上の逸脱行為が認められた場合、即刻契約を解除し、今後一切御社との提携は無しとする厳正な処分を検討せざるを得ません。ご理解いただけましたか」
何かを反論しようとしたが、言葉が出なかった。彼らの態度は、真実を訴える声に耳を貸そうとするものではなかった。巨大な組織の論理が、有無を言わさず俺を押しつぶそうとしている。俺はただ、無言で頷くことしかできなかった。
一人、ウェルネススペースに戻り、窓の外をぼんやりと眺めた。手の中には、一枚の紙きれ。自分の正義が「越権行為」であると断罪する、組織からの宣告書だった。
景色は滲んで見えなかった。不思議と涙は出ない。妻の夕梨花との間には深い溝ができ、会社では完全に孤立した。誰も、俺の言葉を信じてくれない。
しかし、不思議と絶望は感じなかった。むしろその孤独が、俺の心を奇妙に研ぎ澄ませていく。
そうだ、これでいいのだ。
俺はかつて匿名ブログ「瞑想39」で、社会の欺瞞や偽善を皮肉たっぷりに綴っていた頃の自分を思い出していた。なんの知識も教養もない大学生。社会のことなど知るはずもなかったが、ただ自分の心の声に従い、言葉を連ねた。読んでくれる人などほとんどいなかったが、自分の言葉を信じていた。夕梨花は、そんな俺の「声」を聞いてくれたのではなかったか。
会社という組織が、真実を隠蔽しようと躍起になっている。ならば、組織の内側からではなく、外側から真実を届けなければならない。
ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。今日、二本目のタバコ。禁煙であるはずのウェルネススペースに紫の煙がゆっくりと溶け込んでいく。




