第14話
編集局の喧騒が嘘のように遠のき、私の意識は目の前のモニター――無機質なデータベースのインターフェース――へと完全に吸い込まれていった。
社会部のデスク、有持からの予備調査の許可を得てから数日。私はジャーナリストとしての全能力を匿名の封書が指し示した一点の疑惑――『イノベート・フォワード・アカデミー』という幽霊のような会社の正体を暴くことに注ぎ込んでいた。
机の脇にはコンビニのおにぎりの空き袋とぬるくなったコーヒー。一度集中すると、食事や休憩といった生命維持活動さえ忘れるのは私の悪い癖だった。
だが、今日の集中はいつもとは質が違った。そこにあるのはスクープを追う興奮や使命感だけではない。もっと個人的で、黒い感情が渦巻いていた。思考の片隅には、昨夜の夫――輝の顔が焼き付いて離れない。
『イノベート・フォワード・アカデミーだって。笑っちゃうよね』
私がそう口にした瞬間、彼の顔からすっと血の気が引いていくあの光景。
いつもとは違う、あの異常な沈黙。逃げるようにその場から離れた彼の行動。
それはただ「面白いネタだ」と驚いた人間の反応ではなかった。
あれは不意に急所を突かれ、防御することもできずに硬直した者の顔だった。純粋な恐怖の色をしていた。
『いや……すごい話だな、と思って』
彼の絞り出した言い訳が頭の中で何度も再生される。その声の僅かな上ずり。私から視線を逸らしたあの不自然な仕草。嘘だ。あれはあまりにも拙く痛々しい嘘だった。その嘘はどんな自白よりも雄弁に、彼の「関与」を物語っていた。
なぜ? なぜ、あの会社の名前であなたはあんな顔をしたの?
あなたは何を知っているの?
何を隠しているの?
問いは答えのないまま、私の頭の中をぐるぐると回り続けている。
以前作った『プロジェクト・瞑想39』にカーソルを合わせる。
胸の奥がきりりと痛んだ。『瞑想39』。彼がかつて匿名で書いていたブログの名前。社会への不満や鬱屈した日常を、皮肉と自嘲にまみれながらも鋭い切れ味の言葉で綴っていた場所。
私はあの場所に書かれた彼の剥き出しの「声」に恋をしたのだ。自分の言葉を持つ、捻くれていて、でも優しい、あの人に。
いいわ。あなたが捨て去ったその名前で暴いてあげる。あなたが今、必死に隠そうとしている秘密のすべてを。
私は祈るような、あるいは呪うような気持ちでエンターキーを強く叩きつけた。




