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母が去ったあと、雫さんが教室に顔を出した。
隣には、友人らしき人がいた。
「永久ちゃん、来たよ」
そう言って教室へ入ってきた彼に、一斉に視線が集まった。
教室の奥へ隠れても、クラスメイトに呼ばれるだろう。
すぐさま駆け寄り、雫さんに声を掛けた。
ただ、この姿を見られることも、周囲の視線も恥ずかしかった。
「いらっしゃいませ……雫さん本当に、来たんですね」
私は目を逸らしながら呟いた。
「似合ってるよ」
私は、その一言に頬が熱くなるのを感じた。
「この子が、例の永久ちゃん?」
隣にいた雫さんの友人が、私を見て目を丸くした。
「可愛いじゃん」
「雫センセーの友人です。よろしく」
冗談めかして頭を下げる彼に、私は戸惑いながら小さく会釈を返した。
「そうだよ。だから、あまり困らせないでね」
雫さんは苦笑しながら友人へ言う。
「分かってるって」
友人は肩をすくめて笑った。
その様子を見ていたクラスメイトたちが、興味津々といった様子で私のもとへ集まってくる。
「神代さん、その人誰?」
「もしかして彼氏?」
私は首を横に振った。
「ち、違うよ。家庭教師」
そう答えると、皆は驚いたように顔を見合わせる。
「家庭教師?」
「なんか、仲良いね」
「そうかな……」
その反応の意味が分からず、私は首を傾げた。
少し考えてから答える。
「でも……お兄ちゃんみたいな人、かも」
その言葉に、クラスメイトたちは微笑んだ。
「なるほどね」
「そういう感じなんだ」
私はよく分からないまま、二人を空いている席へ案内した。
「こちらへどうぞ」
席に着いた二人へ注文を聞き、厨房へ向かう。
出来上がったクリームソーダを二つ、お盆に乗せて運んだ。
「えっと……どうぞ、ごゆっくり」
小さくそう言って頭を下げる。
席を離れると、後ろから女子たちの話し声が聞こえてきた。
「いいなぁ。あんな格好いい家庭教師、私もほしい」
「近くにあんな人がいたら、同級生の男子なんて目に入らないよね」
その言葉に、雫さんは少し困ったように笑っていた。
「俺の妹も、永久ちゃんみたいな子なら良かったのに」
雫さんの友人が、冗談交じりに話している。
私はその様子を横目に見ながら、他のお客さんの接客へ戻った。
しばらくして、雫さんがクリームソーダを飲み終え、席を立った。
「ごちそうさま」
私は、グラスを下げるため彼に近づいた。
すると、近くにいたクラスメイトが声を掛けてきた。
「神代さん、休憩取ってないよね?」
「えっと……私は、大丈夫かな」
「大丈夫じゃないって」
「せっかくお兄さん来てくれたんだから、一緒に文化祭回ってきたら?」
「でも……」
言葉に詰まる。
その格好で教室の外を歩かないこと。
母の言葉が蘇った。
「……」
「さっき、お母さんに言われたこと気にしてる?」
クラスメイトが、私の迷いに気づいたように声をかけた。
「もう帰ったなら大丈夫じゃない?」
それでも、すぐには頷けなかった。
すると、雫さんが自分の上着を脱ぎ、私の肩へ掛けた。
「これならどうかな?」
私は驚いて顔を上げる。
「永久ちゃん、少し借りても良い?」
彼がクラスメイトへ尋ねる。
「どうぞ。神代さん、楽しんできて」
クラスメイトはそう言って微笑んだ。
雫さんと、学校の色んな場所を巡った。
お化け屋敷や迷路、射的、自主制作映画、他クラスの喫茶店、演劇やバンドのステージ――どれも新鮮だった。
途中、途中でよくカップルと間違われた。
戸惑う私をよそに、彼は笑って兄だと答えていた。
去年は、一人空き教室か受け付けにいた。
高校の文化祭が、こんなに派手で賑やかだなんて知らなかった。
「あの、ありがとうございます」
私は、教室の外へ連れ出してくれた彼にお礼を言った。
「どういたしまして。僕より、さっきの子に伝えたほうが良いと思うけどね」
雫さんは、そう言って穏やかに笑った。
初めての経験ばかりで楽しかった。
それから季節は巡り、文化祭の余韻も落ち着いた頃には冬になっていた。
あの日を境に、幼馴染とは少しずつ言葉を交わすようになった。
彼が言うには、幼い頃の私は笑ったり、泣いたりしていたという。
私が歳を重ねるにつれ、表情を失っていったことを心配していたそうだ。
その言葉を思い出しながら、私はいつしか眠りについていた。




