6.記憶
私は部屋へ戻ると、大きく息を吸って吐いた。
そのままベッドへ身を沈める。
数日間、セイトと過ごして分かったことがある。
彼は、私が嫌がることはしない。
いつも私のことを考えてくれている。
さっきも、無理に過去を聞き出そうとはしなかった。
彼は優しい。
なのに……
どうしても、アイツが思い浮かんでしまう。
セイトではない。
分かっているのに。
あの日、母親が家庭教師として連れてきた大学生は、セイトと同じように、人当たりの良い青年だった。
母がパートで働いているスーパーに、数か月前からアルバイトとして入ったらしい。
たまたま勤務時間が重なり、言葉を交わすうちに親しくなったと、母は話していた。
母が連れてきた相手というだけで、最初は距離を置いていた。
それでも、時間が経つにつれて、彼の前では少しずつ自然に振る舞えるようになっていた。
勉強の合間に、母への不満や学校での悩みを、彼に話すようになった。
彼はいつも、静かに耳を傾け、真摯に話を聞いてくれた。
母の過保護さや過干渉についても理解してくれているようだった。
時には母に苦言を呈してくれることもあった。
不思議と、母は彼の言葉には耳を貸した。
母に管理されていることは変わらなかった。
それでも、スマホに数人のクラスメイトの連絡先を入れることだけは許されるようになった。
いつの間にか、私は彼を“雫先生”と呼ばなくなっていた。
彼がそう呼ばれることを恥ずかしがったからだ。
「雫さんでいいですか?」
「うん。それでいいよ」
それからしばらくして、高校二年の文化祭が近づいていた。
その日の夕方、彼は私の部屋で勉強を教えてくれていた。
「もうすぐ文化祭があるんです。雫さんは、文化祭に来ますか?卒業生ですよね?」
私は、何気なく尋ねた。
「ああ、行こうかな。永久ちゃんもいるし。何するの?」
「喫茶店です」
「そっか。楽しそうだね」
そう言って笑う彼を見て、不思議な気持ちになった。
兄がいたら、こんな感じだったのかもしれない。
そんなことを、ふと思った。
文化祭、私のクラスは喫茶店をすることになった。
母は、衣装や喫茶店という出し物にあまり良い顔をしなかったが、雫さんが何か言ってくれたことで、渋々許された。
クラスメイトたちは、それぞれカラフルなウェイター衣装に身を包んでいた。
私は白と黒を基調とした膝丈のワンピースに白いエプロン、フリルのカチューシャを着けて接客をしていた。
当日、母は私の様子を見に来た。
家族や友人が文化祭に来る。
それ自体は普通のことだと思う。
母は、違った。
「その格好で、教室の外を歩かないこと。分かっているわね」
母は周囲を見渡したあと、ふと誰かに気づいたように声をかけた。
「あら、久しぶりね」
声を掛けられた先には、幼馴染が立っていた。
「永久と同じクラスだったのね。この子、おっとりしているところがあるから頼むわ。だからって、あなたも変なことは考えないようにね」
「はぁ……」
幼馴染は困ったように返事をした。
母はそれ以上何かを言うこともなく、一方的に捲し立てると帰っていった。
母の背中を見送りながら、幼馴染が私に声をかけてきた。
「……変わってないな」
「うん、最近は前よりマシかな」
「そうか……なら良かった」
心配してくれているのが伝わってきた。
幼馴染と普通に話したのは、小学生以来だった。
幼い頃は、家が近所ということもあり、話すこともあった。
けれど、思春期に入り次第に距離ができていった。
親同士も、昔は付き合いがあった。
しかし、次第に過干渉な母とは反りが合わなくなり、いつしか疎遠になっていた。




