5
「掃除、終わったよ」
セイトは微笑みながら声をかけてきた。
「お腹空いた……」
窓際に立つ彼を睨みつけながら私は、なるべく不機嫌そうに聞こえるように言った。
彼はこの数日、家事を完璧にこなしていた。
掃除や片付けの合間には食事まで用意してくれる。
ここ何百年も、レンギョウが肉や野菜をただ焼いたり煮たりしただけの、食べられなくはない程度のものばかりだった。
彼の作る料理は、見慣れないこの世界のものもあれば、懐かしい元の世界の料理に似たものもあった。
何となく悔しい。
けれど、どれも美味しかった。
次はどんな料理が食べられるのだろう。
そんなことを密かに楽しみにしている自分を、悟られたくなかった。
セイトは、部屋の大きな窓を開けた。
城を囲む鬱蒼とした木々たちが、風にざわめく。
彼の髪を撫でた風が、そのまま私の長く伸びた髪を揺らした。
薄暗い部屋に、窓から差し込む木漏れ日が淡い陽を落とす。
背後から光を受け、風に吹かれる彼が、やけに眩しく見えた。
どうしてだろう。
ふと、目が離せなくなった。
「……分かったよ、少し待てる?」
優しく笑いかける彼に、私はただ頷くことしか出来なかった。
城の厨房で、料理をする彼の背中を見つめる。
いつの間に集めたのか、よく分からない調味料がたくさん並んでいた。
(……あの中に、毒とか紛れ込んでいても私には、分からないな。多分、効かないけれど)
そんなことを考えながら、ただ料理が出来上がるのを待っていた。
しばらくすると、良い香りが漂ってきた。
セイトは手際よく料理を皿に盛り付けはじめる。
鼻歌なんかを歌い、彼の機嫌が良さそうだ。
きっと、こういう作業が好きなのだろう。
そのときの私は、本気でそう思っていた。
「おまたせ、どうぞ召し上がれ」
私の目の前に、香ばしい色とりどりの食事を並べ彼は言った。
どれも食欲をそそる。
「……いただきます」
小声で呟き、まずはスープを一口飲んだ。
美味しすぎる。
思わず頬が緩んだ。
それを見た彼は、どこか安心したように微笑んだ。
「君は死にたいと言う。でも世界は救うし、人里も襲う」
「きっと君なりの理由があるんだろう。でも、僕にはまだ分からない」
彼は、食事をする私を静かに見つめながら、穏やかに問いかけてきた。
彼が疑問に思うのも無理はない。
私は、この世界に来て死にたいと願いながら、それでも結果的にはこの世界を救った。
そのあとも、定期的に人里が襲われている。
そんな支離滅裂な行動が、この世界の記録には残っているのだろう。
「なんで……って」
そこまで口にして、言葉に詰まる。
死にたかった理由を思い出した途端、吐き気が込み上げた。
「話したくないなら、無理には聞かないよ」
彼は心配そうに私の顔を覗き込む。
……彼は、アイツじゃない。
私は静かに息を吸い、乱れた気持ちを押し込めた。
ここまで良くしてもらったのだから、答えられることだけは答えよう。
「大丈夫」
小さく息を吐いてから続ける。
「死にたかった理由は言えない」
「思いつく方法は、ほとんど試した。でも、全部駄目だった」
「それでレンギョウが、今この世界を脅かしている魔王なら殺してくれるかもしれないって」
「だから会いに行った。でも、気づいたら倒してた」
私は自嘲するように笑った。
「最初は世界を救ったって騒がれた。でも、そのうち誰も来なくなった」
「昔は色々貢いでくれる人もいたけど、それもなくなった」
「お腹が空いて人里へ降りたら、どこから来たのかって聞かれて。この城からだって答えたら、みんな逃げた」
そこまで話すと、セイトはくすりと笑った。
「なるほどね」
「確かに、この城から来たって聞いたら逃げるかもしれない」
「世界を救った君が、今もここに住んでるなんて誰も思わない」
私は首を傾げた。
「じゃあ、何であなたは分かったの?」
「君のことは、この世界に記録されている」
彼は静かな口調で話し始めた。
「名はトワ。世界を救った不死の聖女。機嫌を損ねれば命を奪われる。とある城へ引き籠もった、と」
「誰も、かつて世界を救った聖女が、今もあの城にいるなんて考えない」
「その城には、今では古の魔女が棲みついている……そんな噂だけが残った」
「でも僕は、違うと思った」
「僕は、それが君なんじゃないかと思ったんだ」
「……そう」
それだけ答えるのが精一杯だった。
忘れたはずの記憶が、胸の奥から蘇る。
あの日、終われなかった私が、この世界へ来た。
思い出したくもない過去が、胸を締めつける。
「少し気分が悪いから、部屋に戻る」
「ごちそうさま」
そう言い残し、私は足早に部屋へ戻った。




