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18.

日は傾き始め、宿の中にも明かりが灯されていた。


「そろそろ始まるな」


「広場に行くか」


「今年の舞は、見ものだな」


「直前に代役なんて、舞は大丈夫なのか?」


先ほどのやり取りを見ていた人々が、口々に話しながら外へ出ていく。


「兄ちゃんも早く行かないと、近くでは見られないぞ」


商人が木杯を置きながら立ち上がった。


僕も急いで、祭りの会場である村の広場へ向かった。


昼間はそれほど気にならなかった丸い装飾が、今はあちこちで光を放っている。


その光に照らされ、村全体が祭りの夜を迎えようとしていた。


円形の広場を囲むように、いくつもの露店が立ち並ぶ。


人々の話し声や笑い声、露店から漂う香ばしい匂いがした。


その一角には、飲食のための長机と椅子が並べられている。


中央には、木材を組んだだけの簡素な舞台が設けられていた。


その四隅では篝火が赤々と燃え、揺らめく炎が舞台を照らしている。


どこに、こんなに人がいたのだろう。


昼間の村からは想像もつかないほどの人が、広場へ集まっていた。


舞台の周囲はすでに人で埋め尽くされている。


「これは……近くで見るのは無理そうだな」


そう呟きながらも、少しでも舞台に近づこうと、人の隙間を縫って前へ進んでいく。


何度か肩がぶつかり、嫌な顔をされた。


それでも構わなかった。


どうしても、彼女を近くで見たかった。


ようやく人の波を抜け、舞台が見える位置までたどり着く。


舞台の上では、司祭が静かに立っていた。


やがて司祭が両手を掲げ、祝詞を唱え始める。


先ほどまで響いていた話し声が、嘘のように消えていく。


広場にいる誰もが舞台を見つめていた。


長い祝詞が終わる。


司祭は一礼すると、舞台の端へと下がっていった。


それと入れ替わるように、黒い衣装に身を包んだトワと相手役の白い騎士服の少年が姿を現す。


篝火の向こうから現れたその姿に、広場がざわめいた。


「本物の黒髪が舞うなんて、どういうことだ?」


「少し気味が悪いな」


「一応どこかの貴族様の連れらしいぞ」


「だからって、舞台に上げるなんてどうかしているわ……」


村人や旅人たちは、事情も分からないまま騒ぎ立てている。


やはり、ココという娘に何と言われようが、止めるべきだったのだろうか。


周囲の声で、トワが傷つくのは嫌だった。


舞台の上の二人は互いに目配せをし、舞が始まった。


笛や太鼓の音が鳴り響く。


舞台の上で篝火に照らされる彼女の横顔は美しかった。


いつの間にか広場は静まり返っていた。


人々が恐れる魔女の役だというのに、彼女のそれはひどく寂しく、悲しげだった。


舞を見ながら、これまで彼女が話していたことを思い出す。


彼女は山から下り、そこに住む人に話しかけたことがあると言っていた。


そのとき、人里を襲っていたのはレンギョウだった。


僕が、城に行った日に倒してしまったあの子は、王宮に存在を切られ、国に捨てられたという。


国が勇者を育て、魔女討伐に送り出していることくらい、誰でも知っている。


国が勇者を送ったのが先なのか、レンギョウが人里を襲うようになったのが先なのかは分からない。


けれど、僕があの子を倒したあと、トワは蘇らせようとしていた。


僕が止めた。


もしかしてトワは、あの子がいれば、また勇者が来ると思っていたのではないか。


あの子が人里を襲う。


魔女の噂が広がる。


魔女を討つために、勇者がやって来る。


そして、その勇者がいつか自分を終わらせてくれるはずと。


そうやって、何度も。


彼女は、討たれる場面で自らその剣先に近づいたように見えた。


少年の手が彼女の背に回り、トワは床へゆっくりと倒された。


そこへ、聖剣を模した祭具が身体の脇に突き立てられ、舞は終わった。


トワの表情は、諦めにも似た悲しげなものだった。


それなのに、その奥には、今度こそという期待が入り混じっているように見えた。


僕は、息を呑んだ。


僕があの子を倒したことで終わったのは、ただ人里への襲撃だけじゃない。


トワが、何百年も縋っていたものまで一緒に、終わらせてしまったのだ。


舞が終わると、あたりは一瞬、静まり返った。


やがて我に返った人々から、歓声が上がった。


トワと目が合った。


けれど、彼女はすぐに視線を逸らした。


少年が、彼女に手を差し伸べる。


トワは一瞬だけ迷ったようにその手を見つめ、それから、その手を借りて舞台を降りていった。


ほんの少しの間だった。


ただ舞台を降りるために手を借りただけだ。


あの少年に特別な意味があるわけでもない。


それなのに、胸の奥がざわついた。


気付けば、人の波を掻き分けて、彼女の元へ向かっていた。


トワは舞台を降りた先にいた。


少年と何かを話しているようだったが、離れていて声までは聞き取ることができなかった。


近づこうとしたとき、暗闇から突然ココが現れた。


「お兄さん、シロがそんなに心配?」


「君か……いや、そういうわけでは」


僕は、なぜ彼女のところへ来たのか、自分でも分からなかった。


「シロが取られると思った?」


ココの言葉が、胸に刺さった。


酒を飲んでいた男たちに同じようなことを言われたときは、まだ自覚していなかった。


けれど、今はもう否定など出来なかった。


「そうだね……彼の方が良いと言われたら嫌だ」


ココは、僕が正直に答えるとは思っていなかったようだった。


ほんの冗談のつもりだったのだろう。


目を見開いたあと、薄く笑った。


「付いて来るといいわ」


そう言って、ココは二人の元へ歩き出した。


僕も、その後を追った。


近づくにつれて、トワがこちらに気づいた。


けれど、目が合ったと思った次の瞬間、彼女はそっぽを向いた。


「と……舞、見たよ。良かった」


言いかけた名前を飲み込み、僕は声をかけた。


トワはこちらを見て、小さく頷いた。


頬が少し赤く染まっているように見えた。


きっと、照れているだけなのだろう。


その隣にいた少年が、僕とココを交互に見る。


「ココ、この人がシロの……?」


どうやら、僕たちのことを気にしているらしい。


「そう、シロを連れて来たお兄さん」


ココが僕を少年に紹介した。


「ああ、良かった。心配でしたよね。ココが勝手に連れてきてしまったみたいで、すみません」


少年が、慌てたように頭を下げた。


「いや……心配したのは確かだが、彼女が自分で決めたことだから」


僕は少年から視線を外し、トワを見た。


トワも小さく頷いていた。


「ナギは細かいこと気にしすぎよ。それに、私は無理矢理人を巻き込むようなことはしないわ」


ココは鼻を鳴らした。


「そう、だな……」


ナギという少年は苦笑していた。


「それより早く着替えたほうがいいわね、行きましょう」


「お兄さんも一緒に来て、待っていればいいわ」


ココに促されて、僕たちは集会所へ向かった。


広場から集会所までは、そんなに離れていなかった。


中に入ると、数人の村人が横になっていた。


顔が紅潮している。


飲みすぎて休んでいるのだろう。


「お兄さんは、この部屋で待っていて」


ココに言われて、部屋の隅へ腰を下ろす。


トワたちは、それぞれ奥にある小部屋へ入っていった。

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