17.
ココに手を引かれ、私は村の集会所へ連れてこられた。
古い木造の建物は、歩くたびに床が小さく軋んだ。
大広間へ入ると、祭りの準備を終えた村人たちが、休憩をしたり、最後の確認をしたりしていた。
私の姿を見た瞬間、大広間のざわめきが一瞬だけ消えた。
けれど、胸元の銀のペンダントと、ココが一緒にいることに気付くと、村人たちはすぐに元の賑わいを取り戻した。
宿でも、同じだった。
女将も、荷馬車の商人も、このペンダントを見ていた。
商人や女将との会話で、それがマリス伯爵家の家紋だと知った。
セイトがこれを私に渡した理由が、少しずつ分かってきた。
外の世界では、これが私を守るものになるのだろう。
「ココ、どこからその子連れてきたんだ?」
声の主は、セイトより少し背の低い少年だった。
少年らしい幼さの残る顔立ちだが、体格はしっかりしていた。
「さっき、貴族様と一緒に来た旅の人よ。フウカが舞を嫌がって出て来ないから、代わりに出てもらうことにしたの」
「適任でしょ」
ココは悪びれることなく言った。
「……待ってくれ。その舞の内容を聞いたのか?」
少年は、苦い顔をした。
「聞いた。勇者に討たれる魔女の役だって」
「なのに、引き受けたのか?黒髪がどう見られているか、知らないわけじゃないだろう。それなのに……」
信じられないという様子だった。
「嫌じゃないのか?」
その問いに、少し考えた。
「大丈夫、慣れてるから」
その言葉に、少年の表情が曇った。
慣れるようなことなのか、と言いたげだった。
「ナギは勇者候補なのに、優しいのね。そんなんじゃ試験落ちるわよ」
ココが腕を組み少年を睨みつける。
「勇者を目指す者が、最初から誰かを悪者に決めつけていいわけないだろ」
ナギと呼ばれた少年は困ったように頭を掻いた。
「時間がないの。この子だって協力してくれるっていったんだから。フウカが出てこないのが悪いのよ」
「いくら毎年見てるから、本番にいきなり舞えるわけないのよ。練習も最後の確認すら出て来ないなら、一度でも練習してくれる子の方がマシよ」
「分かったよ。ココ、時間はあまりない。今すぐ始めよう」
ナギは一度だけ小さく息を吐くと、私へ向き直った。
「君も、舞自体はそんなに難しくはないから気負わなくて良い。多少間違えても、俺が合わせるから」
私は、頷いた。
「そうね、始めましょうか。あの辺が空いてるわ」
ココはそう言って、大広間の端に視線を向けた。
そこには、祭りで使う道具が置かれている一角があり、その前に少しだけ動ける場所が空いていた。
「じゃあ、まず私とナギで全体の流れを見せるわ。シロは一度見てから、一緒に合わせましょう」
「ナギいいわね?」
「いつでもいいよ。ココに合わせる」
ナギは頷き、ココの合図を待った。
二人は向かい合うと、距離を保ったままゆっくりと円を描くように歩き始めた。
ココは両手を広げ、不敵な笑みを浮かべる。
それに対して、ナギは剣を構えるように腕を動かした。
互いに距離を詰め、睨み合う。
そして、また離れる。
ココは右手を伸ばした。
命を奪おうとするような、魔女の手つき。
ナギはそれを振り払うように剣を振る。
二人は再び近づいた。
ココの表情には、怒りと憎しみが浮かんでいる。
ナギは剣で斬り伏せるような動きを見せ、そのままココの背に手を添えた。
ゆっくりと床へ倒れるココ。
ナギは剣を突き立てるような仕草をする。
ココは最後まで恨みを宿した表情を浮かべたまま、静かに目を閉じた。
「どう?分かったかしら」
ココはゆっくりと起き上がると、私の方へ歩いてきた。
「分かった……たぶん、出来ると思う」
舞の動き自体は、見た感じナギの言った通りそんなに難しくはなさそうであった。
私は、ナギの向かい側に立ち目配せした。
「はじめるよ」
その言葉で、私はナギと距離を保ちながら、互いの周囲を巡るように歩き始めた。
何度も繰り返した勇者との戦いを思い出す。
私は、誰かを殺したいと思ったことなんてない。
確かに、この世界に来た時に王の生命を取った。
でも、それも一瞬のことだったはずだ。
すぐに戻したと思う。
ちゃんと覚えてはいないけど、そうだったはずだ。
あの日は、混乱から自暴自棄になっていただけで。
私には、最初から怒りや憎しみなどない。
私は一体何者なのだろう?
私は誰かに作られた私なのか。
大切な人にさえ、裏切られた気がして。
信じたいのに、信じられなくなって。
消えようとしたのに、知らない世界で生かされて。
愛した人を忘れられなくて。
ずっと逃げたことを後悔してきた。
あの人のいる世界に戻れないのなら。
消えてしまいたかった。
ただ数十年に一度、現れる勇者が私を終わらせてくれることを願っていた。
そんな感情が溢れだした。
自分がどんな表情をしているかなんて、分からなかった。
ナギの手でゆっくりと床に倒される。
剣を突き立てる仕草で終わった。
「……初めてにしては、上出来ね。もう少し相手を見れると良いわね。途中から少しズレていたわ」
ココが手を叩きながら言った。
「シロの演じる魔女は……何かを願っているように見えるわね」
「それはそれで、シロらしい魔女なのかもしれないわ」
「ナギはどうだった?」
「悪くなかったと思う。これくらいのズレなら何とかなる」
ナギは少し安心したように笑った。
彼の言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「それじゃ、もう一度だけ最初から通してみましょ」
ココの言葉で、私達はまた舞を確認した。
「うん、きっと上手く行くわ。そろそろ着替えなくてはいけないわね」
「ナギも、着替えてきて」
「分かった、またあとで」
ナギは立ち去っていった。
「こっちに来て」
私はココに付いて大広間の奥にある小部屋に入った。
「このドレスを着てくれる?頭巾は……シロには要らないわね」
黒いドレスを手渡された。
肩の部分が丸く膨らんだ袖になっていた。
上半身から太ももまでは身体の線に沿い、そこから先は裾へ向かって大きく広がっている。
着てみると、思ったほど地味ではなかった。
「丈は大丈夫そうね」
ココは、ドレスの背中の紐をきつく締めながら言った。
「そこに座って。化粧をして、髪も整えるからじっとしてて」
私は言われた通り、その場にあった小さな鏡台の前の椅子に座った。
ココはテキパキと私の顔に化粧を施した。
髪を梳き、一部分を編み込むと、そこへ乾燥した花をいくつか飾った。
「出来たわ。良い感じよ。あのお兄さんもきっと気に入るわ」
鏡に映る自分は、いつもと違い自分ではないみたいだった。
誰かに見られるために化粧をしたのは、いつぶりだろうか。
セイトに見られることを考えたら、少しだけ恥ずかしくなった。
「もうすぐ祭りが始まると思うわ。外に出て待ってましょう」
「靴はこっちを履いてくれる?緩い?」
足を入れてみると、少しだけ余裕があった。
「それなら、こっちね」
ココがドレスに合わせた靴を下足箱から出す。
毎年、違う娘が魔女の役をやるという。
きっと、ここには大小様々なドレスや靴があるのだろう。
そう思った。
ココと一緒に、広場の端に設けられた控えの場所へ向かう。
胸元のペンダントが、小さく揺れた。
ナギは先に待機していた。
私と視線が合うと目を逸らした。
なぜなのかは、私には分からなかった。
その隣には、見覚えのない少女が立っていた。
「父さんから聞いたわ。あなた、貴族様に連れられて旅をしてるんでしょう?」
「黒髪なのに、そんなに怯えた様子もないし……何も知らずに生きてきたのね」
「でなかったら、そんな役を簡単に引き受けたりしないもの」
少女は、開口一番、きつい言葉をぶつけてくる。
「フウカっ……いまさら出てきて、代わりに出てくれる子に、なんでそんな言い方するの?」
ココは声を荒らげた。
「ココ、落ち着け。もう祭りは始まってる」
ナギはココを宥めた。
「ごめんなさい……でも」
ココは腹の虫がおさまらない様子だった。
フウカは唇を噛んだ。
「私は、代わってくれなんて言ってない。練習なんかしなくたって、出来たわよ」
そう言い残し、祭りの人混みに紛れ見えなくなった。
私は、何も言えなかった。
彼女が言ったことは、本当だと思ったから。




