12
さっき見た彼女は泣いていた。
あの涙が、頭から離れない。
手を伸ばせば届く距離だった。
あのまま抱きしめてしまいたかった。
泣いていた理由は何だろうか。
昨夜の僕の質問のせいで、過去を思い出させてしまったのだろうか。
そうだとしたら、申し訳ないことをした。
“死にたかった”彼女はそう言った。
“死にたい”では無かった。
長い間、死ねないことで、どこか諦めきったような響きだった。
彼女が、そうなった原因の一つは過去の僕だった。
『……分かりました』
あの日、そう言ってくれた彼女の言葉を鵜呑みにした。
普段なら気づけるはずの声音、表情に気づけなかった。
転生するたびに、ふとした瞬間に彼女を思い出す。
繰り返し夢見るのは、彼女と過ごした日々、消えてしまった日のこと。
彼女の母親から、連絡が来て、すぐに探しに向かった。
どんなに探しても見つからなかった、あの日のこと。
廃ビルの途中の階に残っていた、埃っぽいベンチ。
誰かが座った真新しい跡が残っていた。
そこに、さっきまで彼女がいたのではないか。
いつも、そこで夢は途切れる。
あの日、彼女を追い詰めたのは僕だった。
彼女の心の傷は、いくら時間が経とうと癒えないほどに深いのだろう。
絶対に僕だと知られてはいけない。
知ったらまた、彼女は怯え僕の前から姿を消すかもしれない。
先に食事を摂りながら、そんなことを考えていると、彼女が姿を現した。
あの後、さらに泣いたのであろう。
瞼や鼻が赤く腫れて、頬もほんのりと赤く染まっている。
そんな顔を見るのは辛いが、目を惹かれる。
見つめていると、チラリとこちらを見たあと僕の前に座り朝食を食べ始めた。
なんと声を掛けようか。
迷いながら、ただ食事をする彼女を眺めていた。
早く声をかけないと、部屋へ戻ってしまう。
焦る僕は、唐突に話を切り出した。
「今日、国の図書館へ行こうと思う」
「君が死ねる方法を探すために行く、帰りは……二、三日後になると思う」
彼女は僕を一瞥し、何か考えている様子だった。
しばらくして、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……私も、ついて行って良い?」
僕は驚き、返事が出来なかった。
彼女は、僕を避けるものだと思っていた。
「……迷惑、かな?」
彼女は、首を傾げる。
その仕草さえ、懐かしさで胸が引き裂かれそうだった。
「良いよ。城から出ても大丈夫?」
僕はなんとか声を絞り出す。
「大丈夫……長い間、外に出てなかったから」
「王都……場所、変わった?」
「昔、山を下りた先に見えた王都とは違うの?」
彼女は、不思議そうな顔をしていた。
「一度だけ移動してるよ。数百年前、占星術師が昔の場所は良くないと進言したらしい」
彼女は、それで理解したようだった。
「そっか……私は世界を救ったあと、この山に城を建てられて……そのまま隔離されたんだ」
小さく呟いた。
「準備ができたら、出ようか」
僕がそう言うと、彼女は頷いた。
「ごちそうさまでした。準備して来ます」
彼女はそう言って、立ち上がり部屋を出ていった。
僕はその背から目が離せなかった。
あの頃の話し方だった。
少しだけ声が弾んでいた。
それだけで十分だった。
あの頃の彼女が垣間見えた。
食事の後を片付けた後、部屋へ戻り僕も出かける準備を始めた。
部屋の扉を叩く音がして出ると、着替えた彼女が立っていた。
彼女は、普段の黒く長いドレスでは無く、肩が少し出る白い膝丈のワンピースを着て現れた。
長く綺麗な黒髪は、高い位置で一つに括られている。
よく似合っていた。
彼女が口を開くより先に言葉がついで出る。
「似合ってる」
言葉にしてから気づく。
あの日も、同じことを言った。
彼女は目を見開いた。
一瞬、何を言われたのか理解できないような顔をする。
それから、頬を染めた。
先程までのように、泣いて赤いわけではない。
照れているようだった。
「……良かった」
「服……ほとんど持ってなくて、レンギョウのところから着れそうなもの探したの」
彼女は俯きながら呟く。
「僕も準備が出来たよ、行こうか」
僕は彼女に声をかけ、部屋を出た。
薄暗く埃っぽい廊下を二人で進む。
足音だけが静かな城に響く。
言葉はなかった。
それでも、不思議と気まずさは感じなかった。




