10.夢
眠りの中で、私は夢を見ていた。
雫さんと出会い、少しずつ変わっていった日々が、駆け足で巡っていく。
以前の私は、自分から誰かに話しかけることなんてなかった。
何をしたいのか。
何を感じているのか。
そんなことすら、よく分からなかった。
でも、雫さんと過ごす時間が増えるにつれて、私は少しずつ変わっていった。
自分の気持ちを言葉にすること。
誰かと一緒に過ごすこと。
小さな幸せを、幸せだと感じられること。
私は初めて、自分の意思で何かを選んでいる気がした。
夏祭りを雫さんと歩き、手を繋いだこと。
りんご飴を食べたこと。
何気ない会話を交わしたこと。
その一つひとつが、大切な思い出だった。
あの頃の私は、確かに幸せだった。
でも、夢の景色はゆっくりと変わっていった。
目の前にスマホの画面が浮かぶ。
そこには、いつ撮られたのかも分からない私の姿が映っていた。
雫さんが知るはずのない、私の姿だった。
「気になって……名前を知りたかっただけなんだ」
雫さんの声が響く。
優しい声だった。
嘘をついているようには聞こえなかった。
だからこそ、苦しかった。
雫さんが私を傷つけようとしたわけではないことは分かっている。
私を変えてくれたことも。
私に自分の気持ちを教えてくれたことも。
全部、本当だった。
それでも、胸の奥には消えない疑問が残る。
私は、本当に私だったのだろうか。
お母さんに従い、何も望まず、何も選べなかった日々。
そこから抜け出せたと思っていた。
お母さんの望む私ではなくなれたと思った。
雫さんと出会い、本当の自分を見つけられたと思っていた。
でも、今度は雫さんが望む私になっていただけなのかもしれない。
私が雫さんを好きだと思った気持ちも。
一緒にいる時間を幸せだと思えたことも。
全部、誰かに作られたものだとしたら。
私は、一体何なのだろう。
夢の中で、雫さんの姿が見えた。
その人は私を救い、本当の私を見つけてくれた人だった。
そして、初めて心から大切だと思えた人だった。
なのに、その存在が今は苦しかった。
「永久ちゃん」
名前を呼ばれる。
返事をしたいのに、声が出ない。
私はただ、その場に立ち尽くしていた。
そして、目を覚ました。
呼吸は乱れ、頬には涙が伝っていた。
夢だったはずなのに、胸の奥にはあの日と同じ痛みが残っていた。
まだ夜明けまでは少し時間があった。
あの日、私は彼の前から姿を消した。
私は、“神代永久”という人間が何者なのか分からなくなっていた。
母親に支配され、人形のように生きてきた。
ようやく人形ではなくなれたと思った。
でも、本当はまた別の誰かの掌の上で生きていただけなのかもしれない。
母親がいなくなり、雫さんまでいなくなったら、私は空っぽになってしまうのではないだろうか。
この先も、誰かに決められた人生を歩き続けるのだろうか。
私は、一体何なのだろう。
もし雫さんに話せば、そんなことはないと否定し、きっと優しく慰めてくれるだろう。
でも、それすら結局、彼に頼っているだけだ。
そう思った瞬間、どうしようもなく怖くなった。
だから私は、世界から消えようとした。
でも、死ぬこともできず、気が付けば別の世界にいた。
最近現れた彼を見ていると、どうしても雫さんのことを思い出してしまう。
雫さんは、ただ名前を知りたかっただけだと否定していた。
でも、私を知るよりずっと前から私のことを知り、後輩を通じて私の写真まで手に入れていた。
それを知ったあの日から、好きだったはずの人に、拭いきれない気味悪さを覚えてしまった。
雫さんは私を傷つけようとしたわけじゃない。
それでも、あの事実だけは消えない。
好きなのに、信じきれない。
怖いのに、心のどこかで会いたいと思ってしまう。
私は、この気持ちとどう向き合えばいいのだろう。
考えれば考えるほど、同じ記憶ばかりが頭の中を巡る。
私は部屋の中で膝を抱え、その場に蹲った。
ただ時間だけが、静かに過ぎていった。
まだ、続きます(´・ω・`)




