よっつめ
練習として苦手な分野を書いています。
小さな格闘技道場のドアが音も無くそっと開いた。
中では何か相談に来ていたらしいご近所の人達が数名、道場名の書かれたシャツを着た男性と会話をしている。
そして爽やかなクール系の芳香剤と畳の香り。
ここは五十嵐護身道場。柔術から護身術までの指導をしている。
規模としては小さいが、几帳面に並べられた書棚の本や埃一つ落ちていない床など隅々まで小綺麗に整えられており、普段から気を遣っている事が伺える。
そのドアからやはりそっと、中を伺いながら一人の女子高生が入って来た。
出来るだけ静かにしているつもりの様だが息を切らせているのを抑え切れず、赤いリボンで纏められたポニーテールが左右に揺れている。
はっはと隠し切れない呼吸音に気付いた道場主の男性がそちらに視線を移すと少しだけ表情を和らげた。
「ただいま…お父さん…あのね、今朝はごめんね…。」
「おう、おかえり!いや俺も言い過ぎたしごめんな。また買っておいてくれ。」
「うん…分かった。同じプリ…」
「ななな、なんでも良い!良いから、早く着替えてきなさい。」
「…はぁーい!」
恥ずかしそうに真っ赤な顔で慌てている道場主、いや父親を不思議そうに見ながらその女子高生は奥の部屋へと消えて行った。
「ふぅ…。」
ため息を吐きながら、最近髪の後退が気になりつつある頭をぽりぽりと掻いているこの道場主は五十嵐保彦琴。
男手一つで娘の世話とこの道場を取り仕切っている元柔道家である。
ゴツい見た目に反してかなりの甘党なのが恥ずかしいらしく、周囲にはとっくにバレているのに本人だけは隠し通せているつもりらしい。
突然ガララッと戸が開き、ひょこっと娘の顔が飛び出した。
「あのねお父さん、今日どうする?」
「ん?トレーニングか?それならいつもの…」
「トレーニングはやるよ?お夕飯の話。あたし当番でしょ。」
この家の生活に関しては基本的に自分でやる事は自分で、それとは別に料理や掃除などは当番制にしている。
でもいつもこんな事聞かれただろうか?それにやたらと機嫌が良さそうに見える。
「今日何か良い事でもあったか?」
「えっ…うん。」
当たりの様だ。
「あのね、ケンちゃんに会ったよ。同じ学校だった。」
「ふーん、小学生の頃いつも遊んでくれたあの子か?どうだった?」
「うん、前と全然変わらなかったよ。あの頃のままだった。」
高校生にもなって小学生の頃と全然変わらないというのもどうなのだろう。
でも悪い子では無かったからそれはそれで良いのかも知れんな。
「そうか、良かったな。お前通える範囲だからってわざわざ前住んでいた所に近いあの高校選んだんだもんな。」
そんな事言ってないしと照れ笑いする娘に、父としてはやや複雑な思いだ。
「じゃあ買い物の支度してくる!」
そう言うと娘はガツンと戸を閉めてバタバタと行ってしまった。
「なぁ真凛子…あいつも成長してるのかな?俺ちゃんと育てられてるかな。」
視線の先には女性の写真と供えられた手紙の山。
元々この道場は夫婦で運営していた。
しかし妻・真凛子が急な病で亡くなり、今では娘に助けて貰いながら何とか切り盛りしている。
真っ直ぐで明るい性格のあの子はどんどんお前に似てきているよ。
でも同時に女の子っぽさも増している。
多分お前は不満だろうけど…。
不意に背後でドーンという音がして道場の床がビリビリ痺れた。
ーーーまたアレをやったのか。
「お前階段落としはやるなって言っただろ!」
「うん、分かったー!じゃ買い物行ってきまーす。」
階段落としというのはかつて妻が得意としていた、階段の隙間へジャンプして一瞬で飛び降りてしまう技のことだ。
そして何が分かったのか分からない返事だが、あいつは多分何も分かってない。
ーーーなあ、俺ちゃんと育てられてるのかな?
写真を見つめながら心の中で不安を吐露する父であった。
もう少し続くと思います。
よろしくお願いいたします。




