5 解読
「ナタニエル様はピアノに、マルティン様は絵画に、犯人の名前を隠したのですわ。」
カメリアの言葉に私は驚愕した。
「カメリア様はもう犯人の名前がわかったのですか。」
「ええ。皆様にもお分かりになるはずです。」
死者の残した伝言を読み解いたカメリアは、真相に近づいたのだ。
「こちらの絵画をもっとよくご覧になって。」
カメリアはマルティンが最期に描いたという絵画を指した。
「描かれている少年は毛皮の衣服を着て、葦でできた十字の杖を持っています。
この二つは、新約聖書に登場する洗礼者ヨハネを示すモチーフですわ。」
西洋美術では特定のモチーフを描くことで聖書の登場人物であることを示す。
この絵は、洗礼者ヨハネを描いた作品なのだ。
しかし、ハドソン警部補は「その絵に描かれているのが洗礼者ヨハネだから、いったい何だというのです。」と首を傾げた。
カメリアは「それを知るには、ピアノの暗号を読み解いてくださいまし。」と言う。
「ピアノの鳴らない鍵盤は低い音から順にシのフラット、ラ、ド、シでしたわ。
音階はアルファベットで表記することもありますわよね。」
カメリアのいう通り、音階はアルファベット表記が出来る。
クラシック音楽では、ドからシまではCDEFGAH、シのフラットはBで表記される。
「鳴らない音をアルファベットにするとB,A,C,H。
バッハと読めますわ。
音楽において、バッハといえば作曲家ヨハン・ゼバスティアン・バッハですわ。」
バロック音楽を代表する作曲家バッハ。
彼のファーストネームはヨハン。
そしてヨハン、という名前は洗礼者ヨハネに由来する名なのだ。
「絵画とピアノの暗号、この二つはどちらもヨハンという名前と結びついているのですわ。」
「犯人は、ヨハンという人物ですか。」
私がそう言ったとき、部屋の外の方でガランと金属の大きな音が鳴った。
廊下で誰かが銀の盆を落としたのだ。
廊下をのぞいたパウルは「カルラ!盗み聞きとは無礼だぞ!」とその音を立てた人物を叱った。
「うちのレジ係が失礼いたしました。」
会話を聞いていたのは、コーヒーハウスのレジ係、カルラという若い女性だった。
パウルは会話をカルラを部屋のなかへ引っ張って、頭を下げさせた。
けれどもカルラは、青白い顔で放心していた。
そして彼女は震える声で告白した。
「お三方がヨハンさんに殺されたのは、私のせいです…。」




