6 完全犯罪
「モーリッツさんとナタニエルさん、マルティンさんが殺されたのは、私のせいなんです…。」
コーヒーハウスのレジ係、カルラは青ざめた顔で告白した。
ハドソン警部補は「なぜそう思うんですか。」と彼女に問う。
「わたしはこのコーヒーハウスに勤める前、工場で働いていたんです。
ヨハンさんは、私が以前働いていた工場の経営者です。」
2年前、カルラはヨハンが経営する工場で働いていたのだという。
しかし、従業員たちに給料は支払われなかったのだ。
「わたしたちはヨハンさんに給料をお支払いしてもらうよう掛け合ったのですが、相手にされませんでした。」
カルラを含む従業員たちは泣き寝入りするしかなかった。
そしてコーヒーハウスのレジ係に職を変えたカルラは、モーリッツとナタニエル、マルティンに出会った。
「お三方はわたしの味方になってくださると言ったんです。
我々は労働者の地位向上を目指しているのだ、必ずヨハンの悪事を公にして見せる、と。」
コーヒーハウスに集まった芸術家たちの間では、革新的な思想が議論された。
モーリッツ、ナタニエル、マルティンは、労働者の解放について語り合っていたのだ。
故に彼らはカルラの働いていた工場での給料未払いを見過ごせなかったのだ。
彼らは証拠を押さえるため、ヨハンの工場について調べたという。
「三人に給料未払いの証拠を掴まれたヨハンが、口封じのために三人を毒殺した、ということですか。」
納得したハドソン警部補は、「それならなぜもっと早くにヨハンさんのことを話してくださらなかったんですか。」とカルラに詰め寄った。
カルラは「まさか本当に、ヨハンさんが犯人だなんて思わなくて…!」と泣きだしそうな顔をした。
「だって、ヨハンさんはいちどもこの店に来たことなんてなかったんです。」
店主のパウルも同意するが、ハドソン警部補は「本当に、一度もきたことはないんですか。」と問い詰める。
「ヨハンという人物から何か荷物が送らてれてきたことも?」
パウルははっとした。
「一年半前、ヨハンという方からこの店を芸術家たちが心地よく過ごせる空間にしてほしいと、贈り物を受け取りました。
でも、それは飲み物や食べ物でなくて…。」
「この深緑の壁紙だったのですわね。」
カメリアの言葉にパウルはこくこくと頷いた。
「壁紙、ですか?」
私は思わず聞き返したが、カメリアは「この壁紙こそが毒殺の手段なのですわ。」という。
「このような緑色をつくる顔料のなかには、パリスグリーンという顔料がございますわ。
このパリスグリーンはヒ素に由来する強い毒性を持っているのです。」
それでようやく私は思い出した。
大流行していた深緑の色は、最近になって規制されるようになったのだ。
その顔料の毒性が、人々に健康被害をもたらすからだ。
「三人はこの部屋で過ごすうちに、壁紙から剥がれた微細な粉末を吸い込んでしまったのですわ。」
犯人は毒を飲ませたのではなく、吸い込ませたのだ。
「そんな…!
わたくしはそんなことも知らずに、壁紙を貼って…。」
パウルはがくりと腰を抜かした。
「お許しください…なんと、罪深い…!」
後悔の念に苛まれるパウルに、カメリアは「パウル様、貴方もすぐに医師による診察を受けるべきですわ。」という。
「壁紙をはり、いつも彼らのために部屋を用意していた貴方も、ヒ素の影響を受けているでしょうから。」
パウルもまた、ヨハンの恐ろしい策略により命を危険にさらされていたのだ。
ハドソン警部補は「しかしこれはまずいですね。」と頭をかく。
「ヨハンがパリスグリーンの毒性を知っていて壁紙を贈ったという証拠はあるでしょうか。
ヨハンに三人を殺す意図があったかどうか証明するのは難しいですよ。」
カメリアは悲しげな声で「おっしゃる通りですわ。」とハドソン警部補に同意する。
「けれども、ヨハンの罪がなくなることはないのですわ。」
カメリアはマルティンが残した絵画に手を伸ばした。
そのキャンパスの裏側に、1枚の封筒が隠されていた。
カメリアがそれを開封すると、ハドソン警部補が彼女の背から覗き込んだ。
「これは、ヨハンの工場での賃金未払いを証明する帳簿ですね。」
被害者は犯人の罪を公にする証拠を残していたのだ。
ハドソン警部補は「従業員を騙して働かせた詐欺の容疑でヨハンの身柄を確保します。」と言う。
「そしてモーリッツ、ナタニエル、マルティンの死の関与についても話を聞かなくては。」
「よろしくお願いしますわ。」
カメリアに微笑まれ、ハドソン警部補は「貴方に頼まれなくとも。」と返した。
歩き出そうとした彼はぴたりと止まり、首だけで振り返った。
「感謝いたします、カメリア嬢。」
背を向けたまま、けれどもはっきりと言った。
ヨハンの仕組んだ完全犯罪は、カメリアにより暴かれたのだ。




