第71話「合体ヒロインは、お断りします」
「……すごい。これは主題歌が流れるシーンよ……」
結衣は、縁側であんぐりと口を開けたまま固まっていた。前世の少女が二人に分裂して、その二人から告白される展開はあまりにも劇的で、結衣のもともと多くはない語彙力は完全に崩壊していた。
サチは自分の手を見つめていた。吉平と一緒に野山を駆け回り、健康的な生命力にあふれ、時には迷わず患者へ差し伸べられてきた手だ。栞もまた、自分の指先を静かに見下ろしていた。巫女山で作法を叩き込まれ、薬草を選び、膳を整え、誰よりも正確に物事をこなしてきた手だった。二人は似ていない。顔立ちも、声も、仕草も……ただ、胸の奥に残った感情だけが、同じ場所を指していた。
「私たち……二人で、一人だったのかな」
サチがぽつりと言うと、栞は涼しい顔で答えた。
「記憶の断片と感情の一致を考えれば、同一人物の魂が二つに分かれた、と見るのが自然です」
吉平もすぐには言葉が出なかった。
その時、桔梗が意を決したように一歩前に出た。
「……方法は、あります」
ひらひらとした袖、妙に愛らしい桃色の布、そして頭には、結衣が「魔法少女ならこれでしょ」と結んだ飾り紐。その格好で、桔梗はこれ以上なく真剣な顔をしていた。
「桔梗さん……その格好で言われると、説得力があるのかないのか……この大事な場面でも不思議系で押してきますね……」
結衣が小声でつぶやく。
「陰陽寮に伝わる古き書物に、魂魄分離、そして融合の例がございます。双つに分かれた魂を、再び一つの器へ戻す秘儀。家宝レベルの奥義であり、軽々しく扱ってよいものではありませんが……試す価値はあります」
結衣も茶化しかけた口を閉じた。桔梗はサチと栞をまっすぐ見た。
「サチさんも、栞さんも、今のままでは苦しいでしょう……。自分は誰なのか、不完全なのか……そんな思いを抱えたまま師匠の隣に立つのは、きっとつらいはずです。……た、ただ、正直に言えば、お二人が一つになれば、とてつもなく強力な恋敵が生まれます。けれど、それでも私は陰陽師としての尊厳と、これまでの仲間としてのお二人を救う道があるのなら、私はその奥義を発動させたいです……」
言い終えるより早く、吉平は桔梗をぐっと抱きしめていた。
桔梗の体が、ピーンと棒のように硬直する。
「ひぎぃっ!? し、師匠……っ!?」
「ありがとう」
吉平は静かに言った。
「大丈夫だよ。桔梗の優しいところは、誰よりも知ってる」
桔梗の顔が赤く染まった。
「あの日、土間で、自分から『前世の人じゃない』って告白したのも桔梗だ、そこから色んなものが紐解けていった。桔梗は心根が優しい。自分にも他人にも嘘をつけない。とても素敵な女の子だ」
「し、師匠の陽の気が直に……っ! ダメです、これ以上は私の理性が爆発四散しますぅっ!」
吉平はサチと栞を見た。
「もしその方法があるとしても、二人が一人になってほしくない」
サチが顔を上げる。栞も静かに吉平を見た。
「もし私たちが一つに戻れば、前世の記憶も人格も、より完全な形になる可能性があります」
栞は静かに正論を紡いでみる。
吉平は自信満々に首を振り、そして胸を張った。
「いい?よく聞いてほしい。 親が二人いて、子供が一人できるだろ」
「……は?いきなり子作りの話ですか?」
葵が思わず素の声を漏らした。
吉平は構わず続ける。
「だったら、逆に、一人から完全な二人が生まれても、全然おかしくない」
ドヤ顔で放たれたその言葉に、その場の時が止まった。
「お兄ちゃん、前世では、ダーウィンの進化論とかタイムリープ不可逆性の概念を完全に無視した暴論よそれ」
結衣が真顔でツッコミを入れる。
「胡散臭い商人の私でも、今の計算は成り立たないとわかりますわ。裁断した絹は返品不可です」
葵が扇でパタパタと顔をあおぐ。
「いや、本当にそう思ってるんだ」
吉平はサチと栞を交互に見た。
「サチはサチ。栞さんは栞さん。誰かの欠片じゃない。今ここにいる、100%完全な二人だ。前世の誰かを取り戻すために、今の二人がいなくなるなんて寂しいし、二人にもそう思ってほしくない」
サチは目をぱちくりとさせ、栞はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「極めて非論理的です。ですが……悪くありません。むしろ、そういうところが吉平殿の……」
その時、突然外から小さな足音が近づいてきた。ばたばたと駆けてくる音は、大人のものではない。戸が開くと、六歳ほどの男の子が、息を切らして立っていた。
「吉平さま……母ちゃんが、赤ちゃん産んでから、ずっと苦しそうで……助けて……」
泥だらけの足で、少年は必死に言葉をつないだ。
「父ちゃんは、三か月前に病で死んじゃって……母ちゃんまでいなくなったら、おれ、赤ちゃんと二人になっちゃう……」
その場の空気が一気に引き締まった。吉平は立ち上がった。だが、それと同時に、サチと栞も弾かれたように立ち上がっていた。
「私たちが……」
「いきましょう」
二人の声が重なった。
吉平は一瞬、二人を見た。確信は持てないが、前世の自分が医学生だったのだから、出会った彼女もまた医学生だったのかもしれない。前世の記憶がどこまで残っているのかはわからない。だが、人を助けたいという想いだけは、確かに二人の中に息づいている気がした。そして何より、産後の母親のそばに寄り添うには、吉平よりもサチと栞のほうが圧倒的に適任だった。
「頼む」
吉平がそう言うと、サチは腕まくりをし、栞は涼しい顔で薬草箱をひっつかんだ。
産屋に着くと、サチと栞は一切の迷いがなかった。サチは母親のそばに座り、安心させるように手を握り、体を支え、力強い声をかけ続けた。栞は職人のような手つきで薬草を選び、湯の加減を見て、必要なものだけを淡々と整えていく。
吉平はそばにいたが、完全に蚊帳の外だった。二人の動きは、まるで熟練の医療チームのように噛み合っていた。サチの温かい手と、栞の的確な判断。どちらか一人では足りないものを、もう一人が阿吽の呼吸で補っていた。
やがて、母親の表情が少しずつ和らいだ。小さな赤子の元気な泣き声が、産屋の中に響く。母親がかすかに目を開け、赤子のほうへ手を伸ばした時、少年はホッと鼻水をすすり上げた。
「母ちゃん……よかったぁ……ありがとう、ありがとう…」
サチは「どうよ!」と言わんばかりに満面の笑顔になり、栞は「当然の仕事をしたまでです」と静かに目を伏せた。吉平は、その頼もしい二人の背中を見ていた。サチと栞という二人が、それぞれの手で、一人の母親と二人の子供をつなぎ止めたのだ。
帰り道、結衣は、前を歩くサチと栞を見ながらぽつりと言った。
「私たち、親が早く亡くなったからさ。できるだけ、あんな思いはさせたくないよね」
吉平は黙って頷いた。
「まあ、子供って案外たくましいから、私たちみたいに立派で幸せに、図太く育つことも多いけどね!」
そう言うと結衣はここぞとばかりに、吉平の腕に強引に腕を入れてニコニコと笑った。
吉平は、前を歩くサチと栞を見た。
「サチと栞さんがいたから、あの子たちは母親と暮らせる。もう、それだけで、二人が『二人』でここにいる理由は十分すぎるくらいだ」
「うん、たぶんね……前世のあの人も、それを望んでる気がするのよね……」
結衣も二人の後ろ姿を眺めながら答えた。
前世の答え合わせや意味付けは、もう必要ない。今世でやるべきことははっきりと見えていた。今ある平安のものと、今ここにいる仲間たちの知恵で、この時代を少しでも良くしていくこと。
吉平は思った。自分たちはきっと、過去のドタバタな恋愛をやり直すためだけに繋がったのではない。
今ここで、誰かの未来を残すために、ここまで来たのだ。




