第69話「手をつないだら……思い出した」
改行ミスで読みにくくなっていたのでで修正しました。いつも読んでいただいてる皆様、ありがとうございます!
「ふふっ、いいこと思いついたわ!」
結衣は真顔になり、ぽんと手を打った。
「名付けて、お兄ちゃんの恋人手つなぎ反応テスト!」
「……なんだそれ」
「サチさんと栞さんに、順番にお兄ちゃんの手を握ってもらうの。ただ握るんじゃなくて、指を絡ませる恋人っぽいやつね! で、お兄ちゃんは目を閉じる。頭で考えちゃ駄目。心臓がドキドキしたほうが、前世で特別だった相手よ!」
「雑すぎるだろ!」
吉平が即座にツッコミを入れるが、結衣はニヤリと笑って吉平に指を突きつけた。
「でもさ、記憶って頭だけじゃないでしょ? お兄ちゃん、病人の脈とか顔色とか見るとき、いつも『身体に出る反応は嘘をつかない』って言ってるじゃない」
「……っ!」
自分の医学生としてのロジックを完全に逆手に取られ、吉平はぐうの音も出なくなってしまった。
「それに、葵さんと桔梗ちゃんは商売で都にいるから、今こそ最大のチャンスよ!」
「ひろいん装束大流行」の延長で、サチと栞も新たな装束モデルとして駆り出されていたのだが、ちょうど今日、二人が村へ帰ってくる手はずになっていた。 葵と桔梗はあと数日は都で滞在する予定だった。
それから数時間後。都からの長旅を終えたサチと栞が、吉平の家の縁側に腰を下ろしていた。
「お兄ちゃんが、長旅の疲れがないか『手のひらの脈』を診てくれるって!」
結衣が強引に二人を縁側に座らせ、吉平の背中をぐいぐいと押す。
「えっ? 脈?手のひらでわかるの?」
サチは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐにそっぽを向いて手を差し出した。
「も、もう! 私も栞さんもピンピンしてるけど、吉平がどうしても心配っていうなら、特別に診せてあげるわよ!」
かくして、結衣の強引な仕切りにより、縁側で奇妙な実験が幕を開けた。ルールは簡単だ。吉平が目を閉じ、サチと栞が順番に彼の手を「恋人つなぎ」で握る。その際、結衣が吉平の腕で【脈】を測り、美影が吉平の胸に直接耳を当てて【心音】を聴き取るという、なんともアナログかつ高性能な測定システムである。
「よし、じゃあお兄ちゃん、目を閉じて。まずはサチさんから!」
「……わかったよ」
吉平は戸惑いながらも、結衣に言われた通り、サチと指をからめた「恋人つなぎ」を実践する。
「ちょっ、えっ!? なにこのつなぎ方!?」
サチの顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。
「サチ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないわよ! なんだか、すごく、その……変な感じ……っ!」
パニックに陥ったサチは、恥ずかしさを誤魔化すように、絡め合わせた吉平の手をぎゅううっと力強く握り返してきた。普段のサチらしい力任せの照れ隠しに、吉平の心臓も大きく跳ねる。
「こ、こういうの、子供の頃以来……っていうか、指を絡めるなんて初めてだから、なんか変な感じ……っ」
「はい、測定! 美影ちゃん、どう!?」
吉平の胸にピタリと耳を当てていた美影が、真剣な顔で報告する。
「ドックン、ドックンと、非常に激しい動悸を観測しました。お顔も真っ赤です」
「よし、サチさん終了! 手を離して!」
余韻を残しつつサチの手が離れる。
「次は栞さん、いって!」
「では、次は私ですね」
栞はいつもの無表情のまま、白く細い手をすっと差し出してきた。
「脈を診るのに、そこまで密着する必要があるのかは疑問ですが……合理的な診察ということで受け入れましょう」
吉平は栞の手を取った。細く絹のような滑らかな肌。指の間に自分の指を絡め、しっかりと握り合わせる。栞の表情は落ち着いているように見えた。――はずだったが、指が奥まで絡み合った瞬間、その指先がわずかに震えたのがわかった。
「……おかしな診察ですね。なぜか、ひどく胸の奥がざわつきます」
内心はかなり照れているのだろう。栞はわずかに頬を染め、ふいっと視線を逸らした。
「はい美影ちゃん、心音は!?」
「……先ほどと全く同じ速度で、ドックン、ドックンと激しく鳴っております。完全に許容量オーバーの模様です」
脈をとっていた結衣も、呆れたように手を離した。
「あーあ、こりゃ駄目ね。どっちの時も脈も心音も爆上がりじゃない。前世の記憶云々じゃなくて、お兄ちゃんがただ可愛い女の子に手を握られてウブに興奮してただけだわ。はははっ、大失敗!」
吉平は「だから恥ずかしいって言っただろ……」と顔を赤くしつつも、ホッと息を吐いた。これで「どちらが前世で特別だった相手か」という妙な命題から解放されたような気がして、少し安心しかけていた。
「まあいいや! じゃあせっかくだし、最後に両方いってみよー!」
「は!?」
結衣が雑なノリで、吉平の右手にサチの手を、左手に栞の手を強引に重ね合わせた。その結果、吉平は右手でサチ、左手で栞と、同時に両手をつなぐ形になってしまった。
「ちょっ、お前、二人同時はさすがに俺の心臓が……っ!」
吉平が焦って手を引き抜こうとした、その瞬間だった。
右手から伝わるサチの太陽のような温もりと、左手から伝わる栞の月のような涼やかな体温。その二つの波長が、吉平の身体を介して完全に交わった。バチッ! と、静電気のような不可視の衝撃が、三人の身体を駆け抜ける。
『ねえ!』
その声を、吉平は知っていた。
――あの眩しい少女。
吉平の脳裏に、前世の記憶が鮮明なフラッシュバックとなって弾けた。
その彼女は――サチのように底抜けに明るく、健康的でスポーツ万能。
そして同時に――栞のように成績優秀で、ゆたかな教養や立ちふるまいを備えていた。
「えっ……?」
サチと栞が、同時に目を見開いた。
二人もまた、吉平の身体を経由して流れ込んできた「同じ記憶」を共有していたのだ。
サチが震える声で栞を見る。
「し、栞さん……あなた、前世で吉平と一緒に……階段から落ちてない?」
「……はい。そしてあなたも……」
二人は信じられないものを見るように互いの顔を見つめ合い、そして、ピタリと声を揃えて叫んだ。
「「あああ……! わたしたち、分身してる!!!」」
縁側に、衝撃の事実が響き渡った。




