第68話「結衣の武勇伝」
葵の商才は、留まるところを知らなかった。桔梗を看板娘とした「桃色のかりすま」の大成功を受け、大商会の長である彼女はすぐさま次なる矢を放ったのだ。
「桔梗さんの次は、サチさんを『絶世の村娘』、栞さんを『神に仕えない筆頭巫女』として売り出しますわ!」
「は?その呼び方、バカにしてるでしょ!?」というサチの抵抗もむなしく、二人も新たな略装のモデルとして都へ引っ張り出されることになった。絵師たちに囲まれ、都の貴族たちにお披露目をするため、数日間の出張である。葵と桔梗もプロデューサーとして当然同行し、吉平の家は久方ぶりに、静かで穏やかな空気に包まれていた。
残されたのは、吉平、結衣、そして美影の三人だけである。
初夏の爽やかな風が通り抜ける縁側。
そこには、前世に戻ったかのような、とても穏やかな空間が広がっていた。美影は結衣の柔らかい太ももの上にぽんと頭を乗せてリラックスしており、すらりと伸びた足を吉平の方へと預けている。吉平はその足を、やさしくふくらはぎから足裏にかけて優しく揉みほぐしていた。美影は時折、くすぐったそうに足をぴくつかせながらも、心底気持ちよさそうに目を細めている。人間の姿になっても、大好きな二人に挟まれて甘えるこの時間は、彼女にとって何よりも幸福なひとときだった。
「そういえば結衣」
吉平は手元を動かしながら、ふと気になっていたことを尋ねた。
「お前、都で俺の噂を聞くまで、この平安時代でどうやって過ごしてたんだ? 俺なんて前世を思い出した最初は言葉も通じないし、病気だらけだし、生きるのに必死だったのに……」
結衣は茶髪のツインテールを揺らし、ケラケラと笑った。
「ん? 私? 私はねー、超絶イージーモードだったよ!」
「イージーって……ここ、平安時代だぞ?」
「それがさ、転生して最初にぽかんと道端に突っ立ってたら、目の前で派手に転んだお爺さんがいてさ。助け起こしてあげたら、それが都でも有数の大富豪で! 『なんという心優しき娘じゃ!』っていきなり養子に迎えられちゃったのよ!」
「……は?」
「それから、 暇つぶしに山を散歩してて『あっちの山、なんか光ってない?』って適当に指差したら特大の銀山が見つかるし! お花見の席で適当に現代のポエムみたいな和歌を詠んだら『なんという斬新な感性!』って都のトップ貴族たちに大絶賛されるし!」
「銀山に、大絶賛……」
「まだまだあるよ! 貴族から来る恋文の返事を書くのがめんどくさくて、紙の端っこに『(T_T)』って顔文字を適当に描いて送ったの。そしたら『たった数筆の記号で人の喜怒哀楽を表現するとは、空海の再来か!』って、都の書道家たちがこぞって顔文字を真似し始めちゃったり!あとは、屋敷に迷い込んできたボロボロの鳥に餌をあげたら、それが帝が探していた超レアな鷹で、皇室から直々に莫大な恩賞をもらったり! もう完全に皇女扱い! 困ったことなんてマジで一つもなかったわ!」
「……俺の苦労はいったい……しかも歴史を変えてないか……」
吉平は、前世から変わらない妹の底抜けの強運と豪快さに驚くしかなかった。しかし、そんな天真爛漫な妹が無事で、不自由なく過ごしていたことに、心底ホッとしている自分もいた。
「さて、お兄ちゃん」
結衣が急に声を潜め、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「今日はうるさいお姉さまたちもいないし、私たちだけの家族会議をしましょうか。……ズバリ、お兄ちゃんの『前世の彼女』は誰なのか問題について!」
吉平のマッサージの手がピタリと止まる。
「先日、桔梗ちゃんが自分で言ってたんでしょ? 桔梗ちゃんも葵さんも、実家や血脈があって、この時代に強固な根を張っている『平安組』だって」
「あ、ああ。確かにそう言ってたな……」
「ってことは、前世からお兄ちゃんを追いかけて一緒に転生してきた『彼女』の正体は、この時代とのしがらみが極端に薄い……サチさんか、栞さんの二択に絞られたってわけよ!」
名探偵のようにビシッと指を突きつける結衣。吉平はゴクリと唾を飲み込んだ。
「サチか、栞さん……」
村で幼馴染として一緒に育ったサチか、巫女山で突如として現れた経歴不明の最高傑作・栞か。言われてみれば、確かにどちらも出自がふんわりとしている。
「でも、どっちなのか全く見当もつかないな。俺の記憶は曖昧だし、二人とも現代の知識を知っている素振りは全くないし……」
「なら、確かめてみればいいじゃない! お兄ちゃんから二人に、交互に濃厚なキスでもしてみたら? 唇の感触で『あ、この柔らかさ知ってる!』って思い出すかもしれないわよ? キャー、お兄ちゃんのえっち!」
「するわけないだろ!!」
からかう結衣に、吉平は顔から火を吹きそうになりながら突っ込んだ。
「ふふっ、冗談よ。でも、確かめる『実験』は必要ね」
結衣は真顔になり、ポンと手を打った。
「いいこと思いついたわ!」
吉平は知っている。結衣がこういう顔で「いいこと」と言い出す時は、たいていろくなことにならないことを…。




