第66話「陰陽少女☆ききょう」
数日後。吉平の作った特製シロップと手厚い看病のおかげで、結衣とサチの症状はすっかり落ち着き、村には再び活気のある日常が戻りつつあった。
その朝。朝餉の準備が始まる前の土間で、桔梗はついに動いた。
「結衣殿! 前世の世において、殿方の心を最も強く掴む『ひろいん』の極意を教えてください!」
鼻息を荒くして迫る桔梗に、結衣は目をパチクリとさせた。
「えっ、殿方? ……あー、お兄ちゃんのことね。心を掴む極意かぁ。うーん……令和の世でヒロインって言ったら、やっぱり『アニメ』かなぁ」
「あにめ……! それはどのような秘術なのですか!?」
「うーん、動く絵巻物みたいな? ……まあ、気持ちはわかったけど。令和のヒロインって言っても、色々あるよ?」
「色々、ですか」
「清楚系、幼馴染系、ツンデレ系、妹系、悪役令嬢系、魔法少女系……」
結衣が指折り数えて並べ立てる未知の属性の数々に、桔梗は混乱しつつも必死に耳を傾ける。
「あ、そうだ。桔梗ちゃんは陰陽師なんだから、『魔法少女』とかいいかもね。お兄ちゃんも昔よく見てた気がするし」
「ま、魔法少女……っ! それが未来の陰陽師なんですね!」
桔梗の瞳が、カッと見開かれた。
「あ、うん。まあそんな感じ。未来の陰陽師の服はフリフリで可愛いんだよ」
結衣は深く考えず、あっさりと適当な相槌を打つが、桔梗の熱量はさらに跳ね上がっていく。
桔梗の脳内には、『ひろいん=殿方を虜にする究極の装束』という決して誤っているとも言えない微妙な図式が完全にできあがっていた。
「結衣殿! ぜひ私に、その未来の陰陽道『魔法少女』の装束をご教授ください!」
「はいはい、わかったよー。えーとね、まず魔法少女にはそれぞれ『テーマカラー』っていうのがあるの。王道では、青、黄色、赤、紫、ピンクあたりかな…」
結衣は、魔法少女と聞いて真っ先に頭に浮かんだ人気アニメを、かなり雑に参考にすることにした。どうせ桔梗には元ネタなど説明不可能だし、代表色なら伝えやすい。
「てえまからあ……なるほど、五行属性のようなものですね。では、水の気を帯びた青はどうでしょう」
桔梗が顎に手を当てて頷く。
「うーん、青はねえ……恋が重すぎて、嫉妬と破滅で水没する感じが…」
「ひいっ!? そ、それは私には扱いかねる色です!」
「じゃあ、黄色はどう? 明るくてお姉さんっぽくて人気出るけど……首まわりの運命がちょっと不安かな」
「首まわりの不安!?いけません! 恋の戦に挑む前から急所になる色など、選べるはずがありません!」
桔梗は両手で自分の首を守るようにして身震いした。
「赤は元気で強いけど、ちょっと喧嘩っ早くて、がさつに見えるかも」
「がさつ!? 私は都の陰陽寮が誇る雅な陰陽師です! がさつ属性はサチさんだけで十分です!」
「ちょっと桔梗さん、今なんか私に喧嘩売った?」
いつの間にか背後に立っていたサチが、ジト目で桔梗を睨む。
「い、いえ! サチさんは活発で健康的なひろいんだと申し上げたのです!」
「……」
サチの追及をかわし、桔梗は慌てて話題を戻した。
「紫はどうでしょう。高貴で神秘的ですね。私に相応しいかもしれません」
「似合うと思うけど……時間とか因果とか一人で背負い始めるから、やめた方がいいかも」
「時間!? 因果!? 駄目です、絶対に駄目です! もうその苦痛は十分味わってます!」
桔梗はぶんぶんと首を横に振った。
「じゃあ、残るはピンクだね。一番ヒロインっぽいけど……周囲の運命がだいたい重くなるなるんだよね…」
「そこは聞かなかったことにします!(すでに周囲はそこそこ重いですし!)」
桔梗は消去法で「ぴんく」を選んだ。
こうして、結衣の監修による「令和ひろいん装束」の制作が開始された。
桔梗はこれまで貯めてきたお金を惜しげもなくつぎ込んで、装束作りに励んだ。
「結衣殿!」
「ん?」
「その鬼の角みたいな髪型、はじめは変だと思っていましたが、見慣れていくうちになんだかかわいく思えてきました。私もやってみたいです!」
結衣の茶髪のツインテールに反応しているようだ。
「あーこれね。どのみち、これも装束とセットだから桔梗ちゃんもやるのよ。詳しくは省くけど。あ、リボンもつけちゃいましょ」
……数日後。
庭で薬草の手入れをしていた吉平の背中に、おずおずとした声がかけられた。
「し、師匠……」
振り返った吉平は、絶句した。
髪には薄紅色の絹糸が緻密に編み込まれ、光の加減で桃色の髪に見える。身にまとっているのは、白赤装束の名残を残しつつも、膝上まで短く整えられたミニスカート風のひらひらした桃色の布。そこからすらりとした白い足袋に包まれた足が伸びている。
「桔梗……それ……」
吉平は目を丸くしたまま声が出ない。この沈黙を「引かれている」と受け取った桔梗は、みるみるうちに涙目になった。
「や、やはり変なのですね。こんな奇抜な装束……私はすぐに着替えて……」
「……いや、待って」
吉平は慌てて桔梗を引き止めた。目を少しそらしながらも、素直な感想を漏らす。
「その……すっごく、似合ってる。なんだか妙に懐かしいのに新しくて……その、すごく可愛い」
「……っ!」
『可愛い』。
その一言で、桔梗は顔を林檎のように真っ赤に染め、瞳をパッと輝かせた。
「ほ、本当ですか!? 師匠、本当に可愛いと……!」
「ああ。なんかこう、守ってあげたくなるというか……すごく良いと思う」
もともと整った顔立ちながら、どこか控えめで幸薄そうに見える桔梗の魅力が、その桃色の装束によって一気に引き出されていた。
(こ、これが……令和ひろいんの力……!)
予想外の甘い言葉のカウンターに、桔梗の霊力メーターはあっさり限界を振り切った。顔から火を噴きそうな勢いでへたり込み、「し、師匠の陽の気……いただきましたっ……」と身悶えする。
それを縁側で観察していたのは葵だった。
「これは……想像以上ですわ。桔梗さんの斜め上の発想をそのまま実行する単純さもさることながら、あの『未来の装束』……変ですけれど、確かに完成された魅力がありますわ!」
葵は、帳簿の余白に猛烈な勢いで筆を走らせる。
「あれを基本にバリエーションをつけていけば、都の姫君たちに飛ぶように売れますわよ!」
吉平は忍び寄るカオスな気配に少し青ざめながらも、照れて俯く桔梗の桃色の姿に、どうしても顔をほころばせてしまうのだった。




