第62話「恥じらいの直接聴診」
結衣の電撃的合流、そして美影が過去の記憶を取り戻したのもつかの間、
村に、ひどく厄介な「夏風邪」が流行り始めていた。
最初はただの空咳だと思われていたが、次第に熱を伴い、胸の痛みを訴えて寝込む者が続出したのだ。
そして、その兆候は吉平の家にも忍び寄っていた。
「けほっ……こほっ……。お兄ちゃん、なんかこれ、ただの風邪じゃないかも……息を吸うと、胸の奥がチクチクして痛い……」
「私も……なんだか、息が苦しくて……」
吉平の部屋に並べて敷かれた布団の上で、結衣とサチが横になる。
吉平はその呼吸音を聞き、二人の青白い顔色を見て、嫌な予感がした。
(ただの風邪じゃない。気管支の炎症が肺まで達している……『肺炎』の前兆だ)
平安時代において「胸の病」は不治の病に等しい。抗生物質がないこの時代、放置すれば確実に命に関わる。
肺のどこまで炎症が広がっているのか、早急に特定して処置を行わなければならない。
「結衣、サチ。肺の音を聞きたいから、少しだけ体を起こせるか?」
「うん……お兄ちゃん、どうやって聞くの? 聴診器なんて、この時代にないでしょ?」
結衣が熱に浮かされた瞳で小首を傾げる。
「ああ、ない。だから……『直接聴診』をやる」
「ちょくせつ……ちょうしん?」
「俺の耳を、結衣たちの胸と背中に、直接押し当てて、肺の音を聞く。とにかく今はこれがいちばん判断がしやすい」
その言葉が出た瞬間、部屋の空気がピタリと止まった。
看病を手伝っていた葵、桔梗、美影、栞の四人が、持っていた手拭いや水桶を落としそうになる。
「ふぇっ……!?」
サチが顔を真っ赤にして、布団を首まで引っ張り上げた。
「ちょ、直接って! つまり、着物を脱いで、吉平の耳を私の……っ!?」
「お兄ちゃんのエロ医者! いくら道具がないからって、年頃の女の子の素肌に耳を押し当てるなんて、どさくさ紛れのセクハラでしょ!」
結衣もポカポカと吉平の腕を叩くが。思ったより力はない。
「これは19世紀に聴診器が発明されるまで、世界中の医者がやってた正式な医療行為なんだ。 肺の中に水が溜まってないか、音の響きで聞き分けるためには、布越しじゃ正確な音が拾えないんだよ」
吉平は、必死に医学生としての真剣な表情だった。
「頼む。肺炎は進行が早い。手遅れになる前に、俺に診察させてくれ」
その必死で真摯な声に、結衣とサチも文句を引っ込めた。
「……わ、わかったわよ。お兄ちゃんがそんな顔する時は、本当にヤバい時だもんね。でも、絶対に変なこと考えないでよ……考えてもいいけど」
「わ、私も……吉平なら、信じてるから……アクシデントも含めて」
まだ冗談を言えることに安堵とする吉平をよそに、結衣とサチは、弱々しく部屋着の紐を解き、吉平が作った『したぎ』の胸元を少しだけ緩めて、白い背中と胸元を露わにした。
「……失礼する」
吉平はごくりと唾を飲み込み、まずはサチの背中にそっと耳を押し当てた。
熱を持った滑らかな素肌の感触と、石鹸の甘い香りが吉平の鼻腔をくすぐる。サチの心臓が「ドックン、ドックン」と早鐘のように鳴っているのが、鼓膜越しにダイレクトに伝わってきた。
(落ち着け、俺は医者だ。呼吸音に集中しろ……!)
「ひゃっ……吉平、耳、冷たい……でも、なんだかくすぐったくて……あぁんっ」
サチがゾクゾクしたように身をよじらせ、変な声を漏らす。
続いて胸側に耳を当てると、下着越しとはいえ、サチの健康的な膨らみが吉平の頬にむにゅりと押し当てられ、吉平の理性は爆発寸前だった。
「よし、次は私ね……。お兄ちゃん、優しくしてよ……?」
結衣も恥ずかしさで、吉平に背中を預ける。妹とはいえ、前世から成長した年頃の女の子の素肌である。吉平は顔から火を吹きそうになりながら、必死に肺の音に耳を澄ませた。
「……サチは右肺の下部、結衣は気管支の辺りで、少し呼吸音が荒い。でも、まだ重症化はしてない。今なら休養でギリギリ押し返せる」
吉平が診察を終えてホッと息を吐いた、その時だった。
「吉平様。なんだか私も、急に胸の奥が苦しくなってまいりましたわ。結衣様たちの風邪がうつったのかもしれません。さあ、私の胸の音も、たっぷりと時間をかけて直接お聞きになってくださいませ」
葵が、堂々と着物の襟元をはだけさせながら迫ってきた。
「ちょっと葵様!? あなたさっきまでピンピンしてたでしょ!?」
結衣がツッコミを入れるが、美影と栞も黙っていない。
「私も、吉平さまに素肌ですりすりされたいです……にゃん♡」
「若くて、きれいで、健康な心音との比較も大事ですわ、吉平さま、さあ栞の胸部へお越しを…」
「お前ら、診察の邪魔をするなーーっ!」
吉平は2人が重症でないことにはホッとしていた。ただ、抗生物質がないこの時代、このまま放置して安心できるほど甘くないのも確かだ。吉平は過去の記憶をフル動員して、新しい治療法を模索した。
ドタバタと騒ぐ乙女たちを制して土間へと向かおうとする吉平の背中を、桔梗だけがどこか思い詰めたような、ひどく真剣な眼差しで静かに見つめていることに、彼はまだ気づいていなかった。




