第59話「多重事故の正体」
風呂から上がった五人は、特製の「したぎ」を身につけ、その上から真綿がたっぷりと詰まったふかふかの部屋着を羽織っていた。
「うわぁ……なにこの服! 軽いのに、ポカポカしてすっごくラク! お兄ちゃん、いつの間にこんな裁縫スキルまで身につけてたのよ」
結衣が感動した様子で部屋着の袖に何度も頬ずりをする。
「吉平が言うには、綿の質が良いらしくて、転生する前の時代と遜色ない出来らしいよ」
サチが答える。しかし、締め付けのない部屋着の襟元がルーズにはだけ、健康的な谷間が大きく覗いていることに本人は全く気づいていない。
「ほら、湯冷めする前にこれを飲んで。中から体を温める、特製の生姜湯だ」
襖の向こう側から、吉平の声とともに、湯気が立ち上る木のお椀をのせたお盆が運ばれてきた。
結衣がお椀を受け取り、ふうふうと息を吹きかけながら生姜湯を啜る。その様子を見ながら、葵がふと、吉平に向かって艶やかな声をかけた。
「吉平様。先ほど結衣様から、吉平様が前世で医者を志した、とても心優しい理由をお聞きしましたわ。……きっと吉平様のことですから、あちらの世界での最期も、病魔に侵された大勢の民を救おうとして力尽きたとか、あるいは暴走する牛車から幼子を庇うような、英雄的なご最期だったのでしょうね」
その言葉が響いた瞬間、「ぶふっ!!」と、結衣が自分の生姜湯を盛大にブチまける音が聞こえてきた。
「英雄!? お兄ちゃんが!? 何言ってるのよ葵さん、お兄ちゃんの死に方なんて、すっごくドジ…と言ったらあれだけど、英雄とかほど遠いから!」
吉平が驚いた声をあげる。
『結衣! ど、どういうこと?交通事故だと思っていたけど……しかも多重事故に巻き込まれたような……よく思い出せないけど……』
「あのね、お兄ちゃんは記憶が曖昧でよく分かってないみたいだけど…」
結衣は湯呑みを置き、いたずらっぽく笑いながら、でも申し訳なさそうに話し出した。
「あの日、私が家の階段の一番上で、不注意で足を滑らせて豪快に転んだの。で、あまりの恐怖にとっさに、すぐ前にいたお兄ちゃんのシャツの背中を、ギュッと掴んじゃったわけ」
サチたちがゴクリと息を呑む。
「そしたらお兄ちゃんも完全にバランスを崩してさ。そのまま二人で、階段の一番下まで、頭からガラガラガッシャーンって転げ落ちて……そのまま二人ともポックリよ」
「……えっ?」
吉平が目を見開いてフリーズしていた。
「は……? 階段落ち……? お、俺……そんな理由で死んだの!?」
『そうよ、ドジな結衣でごめんなさいね、でもお兄ちゃんと一緒なら、まっ、いいよね、気にしてもしょうがないし……』
あまりにもドラマ性がなく、ずっこけるような真相。
この平安の世で、衛生技術を普及し、天然痘と戦い、少女たちに崇められてきた吉平の最期としては、あまりにも締まらない事実に、サチや桔梗はぽかんと口を開けるしかなかった。
「ふふっ……ふふふっ」
最初に吹き出したのは栞だった。普段は感情を表に出さない彼女が、珍しく肩を震わせて可憐に笑っている。
「吉平様らしい……実に、合理性を欠いた不器用な最期ですね。ですが、妹君を責める記憶すら持たず、共にこの時代へ転生してくるなど、ひどく愛おしい事象です」
「そうね。吉平ったら、大事なところでは案外ドジなんだよね」
サチもくすくすと笑い出し、家の中は再び和やかな空気に包まれた。
しかし、結衣は生姜湯の入ったお椀を両手でギュッと握りしめると、ふいに真面目な声色に変わった。
「でもね、お兄ちゃん。笑い事じゃないのよ」
「ん? なんだよ、まだ何かあるのか?」
「私、あの時……お兄ちゃんだけじゃなくて、もう一人、すぐ後ろを歩いてた人を巻き添えにして、一緒に階段から転げ落としちゃったのよ」
ピタリ、と。少女たちの笑い声が止まった。
「えっ? もう一人って……誰を巻き込んだんだ?」
吉平が不思議そうに尋ねると、結衣は大きく深呼吸をして、特大の爆弾を投下した。
「お兄ちゃんの、当時の『彼女』よ!」
「「「「……は?」」」」
「大学生になってからお兄ちゃん、ある女の人をよく家に連れてきてたじゃない! 階段を降りる時、お兄ちゃんのすぐ後ろにその人がいて……私が引っ張ったせいで、三人まとめて一番下まで落ちたのよ!」
「たしかに、ある意味で多重事故ですわね」
栞がさらりとつぶやく。
「か、彼女ぉ!? 俺、彼女なんていたのか!?」
吉平のパニックになった叫び声が響く。
「でも、私も、頭を強く打ったせいかところどころで記憶が抜けてて。それが彼女なのか、彼女未満なのかも含めて、顔も名前も、年齢すら全然思い出せないの。ただ、『三人一緒に落ちて死んで、きっとその彼女もこの時代に一緒に転生して、お兄ちゃんの周りにいる』ってことだけは、魂に刻まれているみたいに確信してるのよ!」
見えない前世の女の影が、明確な『彼女』という事実として、しかも自分たちのすぐ近くに転生しているかもしれないという不確定情報。
「もしかすると『彼女』は自分かも…」という妄想で、乙女たちはみるみる色めきはじめた。




