第54話「旅の土産話」
華やかな平安の都。その一角に佇む、立派な貴族の邸宅。
うららかな日差しが差し込む庭先で、一人の行商人が平伏しながら、楽しげに旅の土産話を語っていた。
彼はこの屋敷に出入りを許されている馴染みの商人だ。屋敷の奥に住むうら若き姫君は、彼が持ち込む珍しい品物よりも、諸国を巡って見聞きした「外の世界の不思議な話」を聞くのを何よりの楽しみにしていた。
「……というわけでして。実は私、先月山奥で滑落し、もはやこれまでかという大怪我を負いまして」
御簾の向こう側で、姫君が「まあっ」と可愛らしく息を呑む気配がした。
「ですが、その村に住む若いお医者様が、信じられぬ不思議な術を用いたのです。強いお酒と沸かしたお湯で念入りに手を洗い、私に痛みを消す薬を飲ませたかと思うと……なんと、細い針と絹糸を使って、私の裂けた肌をまるで反物のように縫い合わせたのです」
「……お肌を、縫い合わせたの?」
御簾の奥から、鈴を転がすような愛らしい声がこぼれる。
「はい! さらに、傷が化膿しないようにと、蜂蜜と薬草を混ぜた甘い軟膏をたっぷりと塗ってくれました。そのおかげで熱も出ず、傷は魔法のように塞がったのです」
その言葉を聞いた瞬間、御簾の奥の姫君は目を丸くし、弾かれたように身を乗り出した。
「ねえねえ、そのお医者様って、どんな人だったの!? もっと詳しく教えて!」
無邪気で身を乗り出すような姫の食いつきっぷりに、行商人は嬉しそうに頷いた。
「それはもう、とても優しくて腕の立つ、立派な若い殿方でした。ただ……少々賑やかなお家でしてな。なんでも、とても美しい五人の娘たちが同じ屋根の下に住んでおりまして、皆で彼をひどく慕い、甲斐甲斐しく世話を焼いておりましたよ」
「……五人も? 美しい女の人が?」
「え、ええ。それはもう、皆様それぞれに見目麗しく……」
姫の可愛いらしい頬が上気する。興味津々だ。
「素晴らしいお医者様ね! 客人であるあなたの大切な命を救ってくれたのだから、わたくしが直接、立派な御所車でお礼に伺いましょう、いまから!」
「えっ!? ひ、姫様自ら山奥へ行かれるのですか!?」
驚く行商人や屋敷の者たちをよそに、姫は勢いよく立ち上がった。
「すぐに出発よ! 早く牛車の用意をして!」
こうして、都の豪奢な牛車は、吉平たちの住むのどかな山奥の村へ向けて、猛烈な勢いで出発したのだった。




